画像タイトル:高山不動奥ノ院からの眺望 -(91 KB)

傘杉峠と高山不動奥ノ院・9/6 名前: 管理人 [2009/09/07,18:19:45] No.241
八月中は暑い盛りの奥武蔵は遠慮して…などと思っている間に、既に奥武蔵の山々は初秋を迎えている。その間、会報の為に稿を起こした「布御前」の逸話は、少し話が長くなり過ぎた。この夏に子供達はやれ蕎麦粒山だの大菩薩などを闊歩していた様だ。「ちぇっ、いい所を歩いてるなぁ。でも君らには奥武蔵はまだ少し早いよ」などど負け惜しみを言いつつ、シーズンに備えて鈍った足を慣らす為に、顔振峠から高山不動奥ノ院まで山歩してみる事にした。

とはいえ、勝手知ったる道でもあるので、まずは腹拵えといった具合で平九郎茶屋に立寄ってみた。だが生憎と、この日は『視覚障害者マラソン』が開催されていて店は満員。「後で来るから―」と言い残してまずは傘杉峠へと向かう。傘杉峠はご存知の通り、峠の標柱があるだけの、車でくればまず見落としてしまうような峠である。

この峠は別名「八徳峠」とも呼ばれ、かつては黒山集落と八徳集落を結ぶ重要な峠でもあった。峠にはその名通り、傘を開いたような大杉があったそうだが、それも平九郎茶屋の先代のお婆さんの頃の話で、グリーンラインが建設される頃には既に枯死していたそうである。そして、この峠もご多分もれずグリーンライン(地元の人はスカイラインとも呼ぶ)が建設されたばかりの頃には大変に盛ったそうで、茶屋もここで商売を始めてかなり賑わっていた。

それ以前の峠は笹の原で、それも畑地の名残りだと言う。当然ながら山ノ神の祠もあったはずだが、今はそれすらも見当たらない。それでも熊笹の原だけは僅かに残っていて昔日の峠を彷彿とさせる。奥武蔵の峠はここに限らず、峠越えを完遂させるルートが少ない。何故かといえば、交通機関の都合によって峠をピストンさせる様にコースを設定しているからだと思う。例えば西武線吾野駅から傘杉峠を越えて、黒山三滝を経て越生に向かい東武線を利用するなどといった事はまず稀であろう。

コースが設定されていなければ、当然だが旧道もわからず車道歩きとなってしまい、私とて実に奥武蔵らしい八徳集落だって歩く気にはならない。まして峠の郷愁を失ってしまった感のある傘杉峠へ向かうとなれば尚更だろう。ただし地権者の了解は勿論必要だが、峠の木々を伐って展望を良くすれば話は別だ。そしてやはり眺望を全く失ってしまった黒山展望台の現状を何とかすれば、黒山ひいては越生町へと人の動線を走らせる事ができるかも知れない。

飯能市側に較べると越生町側の山々は本当に暗い。植林された杉桧は手入れもされず繁茂林立して陰気を呼び、とてもではないが人の集う場所にはなりそうもない。そして次の花立松峠もT字の峠で、瀬尾にも下れず行き場を失ってしまっている。ただ、花立松峠はもともと別名アラザク峠と呼ばれるように比較的新しい峠なので、高山街道を使えば事は済む。しかし七曲りを過ぎるとこちらも行き止まりで、グリーンラインの擁壁を何とかしなければならず、道標の設置と道の整備は必要だろう。

さて、高山不動奥ノ院(関八州見晴台)に近づくにつれ、気がかりな事が一つある。それは奥武蔵研究会の古い会報によく登場する「達磨岩」で、その記述から推定はできても、少しも達磨に見える岩に出会った例が無い。昔日の旅人達が慕ったはずの岩が無くなるわけでもなし、そうして今回も達磨岩を気にしていたのだが、ふと「七曲りから旧道を下ってみれば良いのでは」という気になった。先ほどの行止りの道からちょっと上を見上げればいいわけである。おそらく戦後すぐにはこれほど密集した杉木立ではなかったはずだから―すると木立の中には確かに達磨と呼べる岩があった。

黒山展望台の岩岳や桧岩等もそうだが、旅人達がちょっと一休みしたくなる様な、圭角と呼べるような岩ヶ根は、既に木々に埋もれて目立たなくなっている。達磨岩がいつか人々から忘れ去られてしまうのも、ある意味時代の流れと呼べるかも知れない。最近では高山不動奥ノ院も直下に駐車スペースができて、以前に較べると車で訪れる人達には重宝だろう。しかし便宜が図られたらそれなりに、早くも周囲の迷惑を顧みずに無線を持ち込む輩がいたりする。里山はちょっとした事でもカラリと様相を変えてしまう事が多い。そこに集う者は、マナーを尊守する心構えも必要だろう。

ところで、今回高山不動奥ノ院へ訪れたのはもう一つの訳がある。それはいつも参考にしている『新編武蔵国風土記稿』の高山不動の絵図で、例によって精緻な描写が見るものを魅了する。この絵図を描いた場所は果たして何所なのだろう。関八州見晴台で周囲を見渡した後、帰宅してからちょっとカシミールで再現して見た。描かれたのは幕末であるから文政の大火以降という事になるが、不動堂の隣りに「大鐘明神」として無間の鐘が祀られてるのが興味深い。因みに「元不動」とあるのが奥の院で、常楽院は「別当」と記されている。

http://homepage3.nifty.com/mitishirube/utiagesan/takayama3.gif

下段左:傘杉峠(八徳峠) 下段右:達磨岩


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