小説的妻物語(感想は感想用BBSへ)

なまえ
タイトル
本文
パスワード     なまえ等を保存

223件中17 (ページNo.1)      TOPページに戻る

花  濫 
夢想原人 11/7(土) 11:23:55 No.20091107112355 削除
帰  国                                                                                                                                     
            一

第1章帰国

第3節 埋み火
 まだ二月の終りだというのに、今日の陽気は四月下旬の絢爛とした春の息吹を含んでいると、冴子は長い自分の髪をなぶる生暖かい春風を吸い込みながらに思った。 いつもは誰もいない家に帰り着いた時のうら寂しいような情緒が今日はなかった。春の匂に誘われた乙女心のときめきにも似た心のたかぶりを冴子は押え切れないでいた。                   
 それは突然の春の訪れだけではなく、今日やって来る浩二のせいであることは十分冴子自身わかっていたが、陽気がそれに拍車をかけているのも事実だであった。 玄関の鍵を開ける時、すぐ横の椿の林を抜けてきた冷気を含んだ風が、汗ばんだ肌に気持ちよくあたって冴子は思わずほっと安堵の息をした。帰りの京王線の車中も、こんな暖かい陽気なのどうして暖房を入れるのかと腹立たしくなるほどの暖かさだったし、行きがけに目を止めた満開の梅畑を見て帰ろうと、いつも乗るタクシーをやめて歩いたので、コーデュロイのツーピースに毛のコートを着て出たことを後悔するほど躰は汗ばんでいた。                      
 家に入ると、屋内に澱んだ熱気が、家中のさまざまな種類の匂いを濃く沸きあがらせていた。けっして不愉快な臭いではないが、自分の生活を露わにさらけ出しているような気がして冴子はいつも帰宅すると急いで窓を開け放つ。今日はこの暖かさで一段と臭いが強い。                          
 買い物の袋を台所の調理台に置くと、汗ばんだ肌に下着がべっとりとくっついているのが気持悪く、ともかく着替えなくてはと廊下を奥の自分の部屋にしている和室に向かった。夫の親の時代からの古い家の昏い廊下を急ぎ足に歩く自分のスリッパの音が、一人の時は意外に大きく聞こえる。ここに嫁いで来た時には、その音になんとも言えないさみしさを感じたものだが、今ではすっかりそれにも慣れてしまった。        
 冴子の部屋は廊下の突き当たりにある。襖を開けるとまず南側の障子模様の擦硝子を開け放った。濡縁にあたる午後の陽の反射が冴子の汗ばんだ顔にあたって散った。濡縁の前は小さく開かれた芝生がある。日本芝なのでまだ飴色のままうららかな陽を吸い取っているが、椿林の縁にのあたりは散り果てた椿の花が緋色の布切れをちりばめたように華やかに見えている。まだ大部分咲き残った椿の林がクリスマスツリーを並べたように、緑の間に色とりどりの花を咲かせて隣家との視界を遮っている。
隣は農家で椿林の向こうの塀に接して大きな古い土蔵があり、崩れかかった土壁には山蔦が絡んで亀裂のような模様を見せている。東側には背丈ほどの竹垣があり西のコンクリートの塀の外はまだ雑木林が残っていて、ここの濡縁はどこからも覗かれる心配はなかった。東京の住宅地なのに、岡山の実家の田舎のように鄙びたこの景色が好きで冴子は気候さえよければいつも戸を開けたままにしている。 
  腰を屈めて書机にハンドバックを置くと、コートを脱ぎながら歩いて洋服タンスの前に立ち扉を開けて香水の匂いを撒きあげるコートを掛けた。扉の裏の鏡に映った自分の顔をちらと見てから、翡翠のネックレスを気使かいながらツーピースの上着を頭から脱いだ。そのままの姿勢で腰のホックか外してスカートを脚元におとす。中国製のシルクのハイグレースリップの裾を捲って肌色よりやや濃いめのパンティーストッキングを腰をかがめながら引き下ろした。真っ白い剥き卵のような艶やかな汗ばんだ素足が現われる。庭から吹きあげるそよ風がそっと心地よく素足の 脚首から太腿の奥深くまで撫でさすっていく。特に汗の多かった内腿のあたりは、ひゃっとする感触で風が抜けていった。                 着衣をタンスに仕舞うと、下着と一緒に洗濯するパンティー・ストッキングを部屋の隅に置き、片手で乱れた髪を掻き上げながら鏡台の前まで行き、鏡の前にしゃがんだ。揃えた艶やかな膝小僧に陽光が照りはえて、剥きたての葱のように新鮮に輝く。中腰になったまま翡翠のネックレス、腕時計、イヤリングの順に外して鏡の前に置いた。                  
 そのまま座蒲団の上に横座りになって化粧を落そうと脚を座蒲団に載せたとき、ふと鏡台の横の大きな姿見に自分の下着姿の全身が映っているのに気が付いた。いつもはレースの覆いを必ずして出かけるのだが、今朝は急いでいたためかうっかり後始末をせずに出かけたらしい。                      
 冴子は滅多に硬質のブラジャーは付けない。子供を生んでいない二八歳の冴子の乳房は人一倍豊かで、その上をブラジャーで締め付けると息苦しくなるし、胸がよけいに盛り上がって不恰好になる。外人の女のように上向きの紡垂型ではなく、ふっくらと丸く盛り上がった乳房で、その上乳首が小さいから夏の薄着の時期を除いては薄いソフトブラジャーだけでにしている。
小走りしたり階段の昇り降りの時に、豊かな乳房のゆらめきが男達の注視を集めていることに本人は気ずいていない。今日は毛のコートに厚めのコーデュロイの洋服だから、思い切って、胸が締め付けられる不愉快なブラジャーは付けなかった。庭の畳色に枯れた芝に散った陽光が、薄いスリップを透かして冴子の裸身を淡く浮き出させていた。身に纏っているのは股下をやっと覆っているミニの薄いスリップと、やはり中国製の薄いショーツだけだから、胸の膨らみから小さく淡桃色の乳首までほのかに透けて見えている。ショーツからむっとする量感で伸びている色白の太腿や、膝から急にすんなりと伸びた下肢が春の陽を吸って生き生きと艶やかに照り輝いている。           
 ことりとも音のしない森閑とした家のなかで、冴子は鏡の中の自分の姿を見ながら、腕を前で十字に組んで、静かに肩からスリップの肩紐を左右一緒にずらせた。丸い撫肩を紐はつるりと滑って腕の肘のあたりまで一気に下がり、スリップは突き出た乳房の乳首の上の辺りで下がって止まった。両腕を交差させたままで、乳房の上に不安定な形で止まっている絹地の端を少し引き下げると、薄い絹地はにわかに力を失ったように崩れてぼろ切れになって冴子の足元に落下した。起伏に富んだ女らしい美しい真っ白な餅肌の裸身が、陽光の反射を受けて仄暗い室内に塑像のように浮き上り、ほのかな温か味を含んだ甘酸っぱい女体の匂いに包まれて息づいていた。自分の掌では掴み切れない乳房を裾野のあたりから揉みあげるように握ってみると、乳房の真っ白い肌が緊張して艶を増して輝き、薄い乳房の皮膚に血管がかすかに青く透け、頂きの乳首が硬く尖りはじめて震えている。冴子の貌がひとりでに羞恥を含んだ血の色を増す。この乳房を愛撫し揉みしだき、顔を埋め乳首を含んで悶えた夫の惣太郎を含めて三人の男のそれぞれの感触が甦ってきたからだ。  
 冴子は上体を少し前に折り、思い切ってショーツに掌をかけた。長い髪が顔に亂れかかってくるのを顔を横に曲げて視界を確保しながら、真正面に映っている自分の姿を盗み見るようにしながら腰を屈め膝を折って足許までずりさげる。そのまま上体をゆっくりと伸ばし顔を振って髪を肩に流してから鏡の中の自分を見る。姿見に一、二歩近づき、全身を鏡いっぱいに入れて腰に手をあててポーズをとってみた。 腰の丸みが最近少し豊かになってきたような気がする。夫の惣太郎が、冴子の躯で一番美しいのは顔で、一番肉感的なのは太腿だ、と最近よく言うのを思い出した。 その太腿を前後に重ねるように脚を交互によじり、両手で髪を持ち上げるようなしぐさで両腕を頭のうえにあげて掌を組み、腰を少しひねったポーズにかえて見る。やや太り気味だと思っていたが躯を動かしてみると、意外に柔らかく自由に四肢が曲がり、腹部のくびれが娘のようにしなやかである。奥さんの躰は骨細に豊かな肉が柔らかく、特に内腿の皮膚が雪のように白くていつも湿り気を帯びていて魅力的だと言ったのは浩二だったかしら。全身の肌が絹豆腐の切口のような柔らかい光沢に照っていて男の欲情を誘う、と最近言ったのは田宮という夫の助手だった。夫以外には冴子はこのふたりの男しか知らないが、こうして自分の裸身を映し出す度に、三人の男達との、それぞれの睦み合の時の感触や熱い言葉が、あれほど強烈で悽愴だったにもかかわらず、肌を今さすっていく薫風のように、たよりなく思い出すことしか出来ない。男と女の肉の交わりほど、後になって不確かなものはないと最近冴子は思う。特にもう三年も前になった浩二との情交は、すでに遠い昔のことのようで、弟のような浩二との三日間の激しかった交わりを、情緒としては正確に記憶しているものの、冴子の肉体は、もう正確に浩二の肉の感触を反蒭することは出来ない。肉の交わりとは、こんなにもはかなく脆いものなのだろうか、と冴子はうら寂しく感じていたが、今夜浩二が帰国して会えることがはっきりとした今日は、浩二とふたりだけの秘密を刻んだこの部屋の情景が、微細な接触感まで誘って鮮明にはっきりと、肌や躯の内部にまでよみがえってくる。それは浩二と別れた三年前から片時も忘れることなくこうして思い返していたような順序のよさで、それらは次々と冴子の眼底や躰の隅々を飾っていた。もう諦めていた浩二と三年振りの再開が今夜に迫っているとはいえ、今夜浩二と前の関係が復活することはあるまい。夫と三人の夜なのだから絶対にそんなことはない。冴子は安堵ともの足りなさの狭間で、大きく息を付いた。                     
 鏡に映った太腿を少し開き加減にして眺めてみる。たしかに女らしく豊かで張りのある太腿だが、自分ではすこし太過ぎて逞しすぎるような気がする。だが冴子が今までに知った三人の男達が異口同音に同じ賛辞を言うのだから、男にとっては案外魅力があるのかも知れない、と思ったり、どうせお世辞なのだから、と考えたりもする。鏡の中の冴子は、ここ二、三年で頸筋や頬に女らしい色気がほのぼのと匂うようになってきたと自分でも思うし、白磁のように真っ白な肌は生まれ付きのものだが、最近乳房にも肩にも腹にも白くぬめるような脂肪が滲んで甘酸っぱい芳香を放ちだした、と夫が冴子の成熟ぶりを誉めるのも、こうしてまじまと自分の裸身を映して見るとうなずける気がする。だがそれが誉められることなのかどうかは冴子には分からない。ただ自分の躯が変わってきたことだけにはうなずける。瓜実顔の奇麗な頬にうっすらと紅を刷いたような照りがあり、二重瞼の大きな瞳には潤みが加わり、やや厚い唇もいつも湿っているような艶が浮いて来た。浩二と知りあった頃は、娘らしさが抜け切れないと周囲からよく言われていた自分が成熟した人妻らしく変ってきたのは、年令のせいだけではないように思う。やはり男性との交わりが成熟を促し磨きかけているということを認めないわけには行かない。    
 あなたは野の百合のような人だ。それも白百合だ、と言った浩二を思い出しながら、鏡に映った自分の顔に見入った。今日はいつもより瞳が潤んでいるし肌に張りがある。閨房の後に似た色気が顔全体に滲んでいる。浩二がやって来ることがこんなにも自分の内部に異常な刺激を与えているのだろうか、と考えるとさらに顔に血がのぼりわれながら艶っぽく照りはえてくる自分の顔にひとりで羞恥を感じた。 
 この部屋は和室で椅子がないので、一人だけの大胆さから和机に腰を下ろして、横座りに揃えていた脚を思い切って静かに広げて見る。両腕を後ろに伸ばして和机に突き、腰を鏡に突き出すように上体を斜めに支える。なだらかな弓のような曲線で盛り上がった下腹部から、実際は淡い茂みなのだが肌の白さが真っ黒い多毛な茂みに錯覚させる股間が鏡の中に羞恥を含んで露わになる。多毛でない証拠に真直ぐ立っていても一筋の割れ目がはっきりのぞいてい見える。両脚を開くとかわいい膨らみの茂のみのなかから、一筋の裂け目がかすかに割れ、貝身を合せたような外陰唇がちろりとのぞいている。右腕を前に回して貝の合せ目に指を添え、腰を鏡に突き出すようにして陽の明るみに露らわにし、二本の指で割れ目を開くようにすると、ピチッと小さな音がして思い切りよく外陰唇が割れてピンクの内陰唇の、薄桃色の複雑な襞を現わす。子供を生んだことのない膣口は埋まっていて、薄いピンク色の透明感のある粘膜が恥ずかしそうに顔を出す。指の先に汗ばかりではないぬめりが感じられ、さらに膣の奥からわずかではあるが暖かい粘液が湧き上がってくるような気がする。指の先が触れている陰唇の粘膜の辺りから、ピリリと弱い電流に感電したような快感が股間にはしるり、思わず目が細くなり唇が緩んだ。快感に霞む瞼の内に今日帰って来る浩二の若々しい肢体が浮かんできた。      
 もう会うこともないと思っていた他人ではない浩二の突然の帰国は、冴子の情緒を靉靆とした霞に包ませていた。忘れかけていた浩二の力に満ちた躯動きを冴子の肉がにわかに反芻して、子宮の奥からあの時の官能が痛いほど鮮明に湧き立ってくる。誘われるようにさらに膣の奥深くに指先を進めようとしたとき、突然雷鳴が轟いたと冴子が勘違いしたほどの大きさで電話が静寂を破って鳴り出した。冴子は誰かが闖入してきたように驚き、あわてて今脱いだばかりの下着を付けて電話のあるリビングに走った。      
 間違い電話に驚かされた腹立しさは、シャワーを浴び普段着ワンピースに着替えたときには忘れていた。滅多にしたことのない白昼の衝動的な淫猥な行為に高ぶった感情を静めようとキッチンの調理台の椅子に腰を下ろしていたら、今夜来る浩二のためにわざわざ半日をかけて新宿の中村屋まで出かけて買い求めて来たダージリン葉の紅茶の強いにおいを嗅ぎたくなった。先ほどのような狂態を冴子は生れて初めて体験した。今までそんなみだらな行為をしてみようと考えたこともないのに、どうしてあんな感情になったのだろう、と冴子は羞恥のうちで考えた。やはり浩二の来訪が凡庸な冴子の生活を完全に狂わしていることは紛れもない事実だと思った。紅茶は夫の和夫が昨年香港から買い求めて来た白磁のポットで淹れることにした。         
 冴子は少女の頃から国文学者の父の影響で茶を習った。紅茶を淹れるときも日本茶をたてる繊細さで淹れると、誰もが旨いと誉めてくれた。ダージリン葉はやや埃臭いきらいはあるが、鄙びた見知らぬ印度の田園を思い巡るような素朴な香りが冴子は好きだった。ポットからロイヤルコペンハーゲンの紅茶カップに淹れた紅茶をもって冴子は自分の
 庭の椿がどれも鮮やに咲乱れていた。夫が趣味で植えたものだが、全部で百本以上もあった。全部改良園芸種で、紅に白の斑入や大輪の牡丹のような花や、緋色の派手な目の醒めるようなものが多く、名前もフレグラント・ピンクとかタイニー・プリンセスといったモダーンさだが、冴子はその派手な椿は都会の女達のような化粧臭さが感じられて好きではなかった。冴子にとって椿は、実家の庭に生れたときから咲き続けている薮椿しか愛せない。  紅茶の香りに包まれて冴子は椿の林を見ていた。冴子の視線はあでやかな椿の花ではなく陽光に艶やかに輝く緑の葉のそよぎに向けられていた。脳裏に岡山の片田舎にある実家の庭の老木の薮椿の深紅が浮かんで来る。この時期冴子は毎年花を見ずに葉を見ながら故郷の薮椿を想いいながら暮しているのだった。最近夫に対しても、このあでやかな洋種の椿を見ながら、いつのまにか素朴な実家の老薮椿を想い出しているように、現実の夫を冴子の好尚する男性に置換して眺めているような想いがしてならない。         

もうひとつの人生 13 
kyo 11/5(木) 23:48:53 No.20091105234853 削除
 複製画は白いパネルボード二枚に挟まれている。さらにA5サイズの薄い冊子が2冊同梱されており、それはどうやらこれらの絵の解説本に当たるらしい。

 冊子の表紙にはそれぞれ「2008年夏」、「2008年冬」と記されている。隆則は、画廊にあった最も新しい絵は「2009年夏」だったと記憶しているが、5枚セットが完成しているのは2008年冬のものが最新なのかもしれない。

 ボードを外すとほぼ実物大の複製画が現れる。それは隆則が大阪の画廊で見た絵の一枚である。

 仁美に似た赤毛の女が全裸でやや肢を開き、腰に手をあてた姿勢で立っている。その裸身は十分成熟しており、乳房は重たげに垂れ腰も逞しいまでに張り出している。

 その熟女の色気がムンムンするような姿態とは裏腹に、青々と剃り上げられた陰部がまるで少女のような趣きを見せているところがなんともアンバランスである。

 複製画とは言え、一枚5千円という決して安いとは言えない値段を付けるだけあって、印刷はちょっと見ただけでは本物と見紛うまでの精密さと迫力を有しており、筆の跡の凹凸まで再現されているほどである。

(これは本当に仁美なのか)

 他人の空似とばかりは言えないほど良く似ているが、仮にこの絵のモデルが仁美であったとしても、そのことのみをもって責める訳には行かない。裸婦像は芸術と認められており、そのモデルをしてどこが悪いのかと開き直られればそれまでである。

(しかし、この他の4枚が――)

 天野の言う通り「春画」とも言うべきものだったとしたら話は別である。いくら歌麿や北斎などの巨匠が手掛けた分野と言っても、男女の交接を描いた春画は現代でもおおっぴらには展示公開できない類いのものである。

(もしそうだった場合、俺と仁美は夫婦として終わってしまうかもしれない)

 そう思うと隆則はなかなか今見ている絵に手を伸ばせずにいる。この絵の向こうにこれまでの穏やかな夫婦関係が一変する風景が待っているのかもしれないという事実を確認するのが恐ろしいのだ。

 かといって、このままにしておくこともできない。隆則は思い切って絵を取り去る。

(……!)

 現れた画像を目にした隆則は息が止まるような衝撃を覚える。それは仁美そっくりの赤毛の女が、全裸像を正面に向けたまま胡座をかいた男の上に乗せ上げられて繋がっているものだった。

 男の長大なものは女の股間をくぐり抜けて、無毛の陰部を貫いている。女は男のものを押し込まれる圧迫感に眉を寄せながら、一方ではどこか恍惚とした表情を浮かべている。

 隆則は急に高まってきた鼓動を必死で押さえながら絵をめくる。3枚目は女が両手吊りの姿勢で高々と肢を上げ、やはり背後から男に貫かれているものだ。2枚目の絵と違うところは男の巨大なものが女陰ではなく、双臀の狭間を深々と抉っているところだった。

 4枚目の絵に移る。現れたのは横たわった男の上に赤毛の女が乗せ上げられ、さらに背後から別の男に貫かれている情景を描いたものだった。

 隆則は喉の奥まで見えるほど大きく開いた女の口から、女の歓喜の悲鳴が聞こえて来るような錯覚に陥った。また、これまでの絵でははっきりと分からなかったのだが、女の赤毛はまるで日本髪を崩したように乱れており、女を前後から犯している男たちも、背中には龍や虎の刺青をしており、髪はいわゆる銀杏髷に結っていることに隆則は気づいた。

 最後の絵は女が膝立ちの姿勢になり、仁王立ちになった二人の男が左右から突き出してくる男根を両手で持ち、うっとりとした表情でしゃぶっているものだった。

 要するにこれらの絵は、まさに江戸時代の春画を現代に、それもリアルな技法でよみがえらせたものなのだ。

 絵の構図もさることながら隆則にとって衝撃的だったのは、最後の絵の赤毛の女の半ば放心したような顔付きが、画廊で見たものと同じくセックスの後でけだるい充足感に浸る仁美の表情とそっくりだったことである。

もうひとつの人生 12 
kyo 11/3(火) 22:42:48 No.20091103224248 削除
「……お父さん」

 千鶴の何度目かの呼びかけに、隆則はようやく顔を向ける。

「ああ、千鶴か。どうかしたか?」
「どうかしたかはこっちの科白よ。どうしたの、ぼんやりしちゃって」
「ぼんやりしていたか?」
「何度も呼んだんだけど、全然気が付かなかったじゃない。ぼんやりどころじゃないくらいぼんやりしてたわよ」
「そりゃ大変だ」

 口を尖らせて言い募る千鶴に、隆則は苦笑する。

「笑い事じゃないわよ、もう。最近お父さん、何だかおかしいわよ。そう、この前の出張から帰って来てからずっと」

 千鶴の指摘に隆則はどきりとする。まだ13歳だというのに「女の勘」が働くのだろうか。肝心の仁美の方は隆則の変化に一向に気が付いていないようだが。

 大阪で「赤毛の女」の絵を見てからというもの、隆則は気が付くとそのことばかりを考えていた。あれは本当に妻の仁美を描いたものだったのだろうか。

 裸婦という題材が画家にとって決して珍しいものでない以上、モデルになる女性も存在するはずだし、それが必ずしもプロとは限らない。隆則がずっとそう思っていたように、妻の仁美が堅い女だったとしても、芸術のために椿という画家のモデルになることないとはいえない。

 しかし妻のそんな秘密に、隆則がたまたま入った画廊で行き当たるなどという偶然はあり得ないように思えるのだ。

(そもそも俺は本当に赤毛の女の絵を見たのか? あれは全部酒に酔ったことが原因の幻ではないか)

 隆則はそこまで考えるが、すぐにそれは極端な考え方だと思い直す。

(むしろこれは逆に考えるべきではないか)

 隆則はそう思い直す。一年に二回きりの逢瀬、しかも普段の生活圏から遠く離れた場所で、帰省のたびに学生時代の友人と旧交を温めるという理由、そんな条件が重なったからこれまでは気が付かなかった。それが結果として10年も続いたのである。今まで露見しなかったことがむしろ偶然なのだ。

「……お父さん」

 千鶴の声で再び隆則の思考は中断する。

「何か言ったか?」
「いやね、またぼんやりしちゃって。お父さん宛に荷物が着いていると言ったのよ」
「荷物だって?」
「厚みはそれほどないけれど随分大きなものよ。大判のポスターぐらいの大きさの」

 千鶴の声に隆則はあわてて立ち上がる。千鶴の言ったとおり玄関ホールに大きな板のような包みが置かれている。約束どおり天野が2年分の複製画を買って、送ってくれたのだろう。

(仁美が留守の時で良かった……)

 あの時は後先も考えず天野に頼んだのだが、仁美が在宅中に荷物が届いていたら、誤魔化すのに苦労しただろう。

(しかしこれで、あの夜のことは夢ではないということが証明されたな)

 隆則は思わず苦笑しながら荷物を抱え、書斎に運び込もうとする。すると廊下で千鶴がその様子をじっと眺めている。

「それは何なの? お父さん」
「何でもない。気にするな」
「ポスターでも買ったの? 千鶴も見てみたいな」
「千鶴が見ても面白くないものだ。自分の部屋に行ってなさい」

 千鶴はしばらくの間、隆則の様子を伺っていたがやがてくるりと後ろを向き、リビングに戻る。隆則は安堵の息をついて絵を書斎に運び込み、包みを破る。

もうひとつの人生 11 
kyo 11/1(日) 21:10:03 No.20091101211003 削除
「と言っても本物は難しいが。残りの絵――正確に言えばあそこに飾ってあった分とセットやが、会員を対象に複製画を販売しているんや」
「いくらだ?」
「俺は買ったことはないが、確か一枚5千円、半年置きに5枚セットが2万円やったかな」
「一枚5千円? そんなにするのか」
「複製とは言っても写真製版の精密なもんやからなかなか迫力があるで。ちょっと見には本物みたいや」
「1年分だと10枚で4万円、10年分が100枚で40万円か……結構高いもんだな」

 隆則が家計とは別に貯えている金から払えない額ではないが、妻がモデルだと決まった訳ではない絵の、それも複製に対して40万円もの金を出すのは馬鹿馬鹿しい。

 ましてそれが本当に妻だったなら、画家である椿と妻はただならぬ関係にあることが想定される。自分の妻に手を出した男の懐を、結果的に潤すことになるのは釈然としない。

「こういったもんは値段はあってないようなもんやからな。江戸時代の好事家は有名な浮世絵画家が描いた春画にびっくりするような金を払った。浮世絵も版画やから複製みたいなもんやろ。そう思えばそれほど高いとは言えん。椿はんの絵のことを現代の浮世絵やという会員も多いんや」

「その会員たが、いったい何人くらいいいるんだ」
「そうだな、固定しているのは100人くらいだったかな」
「100人か──」

 それが多いというのか、少ないというべきなのか隆則にはよく分からない。しかしネットに裸が流出して何万人もの目に触れる事態を思うと、多くはないのかもしれない。

「案外少ないのかな」
「いや、そうでもないで。固定的な100人が年4万円払ったら400万円になる。それに今回のように個展のたびに新しい会員が入って、平均4、5万円は使うらしいから、年の収入は5、600万円になるんやないかな」

 天野は羨ましそうな声を上げる。

「それに、椿はんにとってこれはあくまで副業やからな。それで夫婦2人がそれほど贅沢せなんだら暮らしていけるだけの金を稼がせてもろてるんやから、赤毛の女様々って訳や」

 天野の言葉に隆則はふと椿の妻のめぐみの顔を思い出す。

 初対面であるはずの自分の顔をまじまじと見つめていためぐみ、隆則はその意味ありげな瞳をどこかで見たような感覚に襲われているのだ。

「会員になるにはどうしたらいいんだ?」
「別に難しくはない。運転免許証とかの、身分と年齢を証明出来るもんを提示すればええ」

(身分の証明か――)

 隆則は少しの間考え込んだ後、口を開く。

「天野、頼みがある」
「何や?」
「最近1年分の赤毛の女の複製画を手にいれて、俺に送ってくれ。もちろん金は払う」
「別にええけど、最近1年分やったらたぶん画廊に置いているで。そんなに気にいったんやったら今から戻って買いにいこか?」

 天野はそう言うと残った酒を飲み干し、グラスを置く。

「いや、それはやめておこう」
「何でや? 今行ったら椿はんがもう来てるかもしれんで。サインくらいもらえるで」

 隆則と天野が画廊に行ったとき、椿はあと2時間くらいで来ると言った。天野の言うとおり今から画廊に戻れば鉢合わせになる可能性がある。仁美と椿の関係がわからないうちに、相手に自分の身分を明かすのはうまくないと隆則は考える。

「何や、訳ありの様子やな。まあええわ、俺の名前で買ってすぐに送ったるわ」

 天野はしばらくの間、隆則の様子をいぶかしげに見ていたが、やがて頷くとマスターにお代わりを注文するのだった。

もうひとつの人生 10 
kyo 10/31(土) 23:45:13 No.20091031234513 削除
「ああ言っていたけれど、あの絵のモデルはやっぱりめぐみはんやないと思うな」

 天野はジョッキに残った生ビールをぐいと飲み干すと、そう言って一人で頷く。

 画廊を出た隆則と天野は、天野の行きつけの居酒屋で飲んでいる。

「そろそろ日本酒にしよか。マスター、飛露喜をちょうだい」
「へい」

 目の細い居酒屋の主人が返事をする。フィリピン人らしい女の子が日本酒の一升瓶を冷蔵庫から取り出し、升の中のグラスに慣れた手つきで注いでいく。天野はあふれんばかりに注がれた日本酒にうまそうに口をつける。

「天野はモデルが誰だか知っているのか?」
「いや、知らん」

 隆則の問いに天野は首を振る。

「それでもめぐみはんやないのは確かや。これでも俺は風俗雑誌にエロ漫画を描いている男や。女の身体にはちょっとうるさいで」

 天野はそう言うとニヤリと笑い、冷酒を口に含むと「うん、絶対にめぐみはんやない」と再び首を振る。

「どうしてそう思うんだ」
「それは簡単や。あのモデルの身体つきは経産婦や」
「経産婦?」
「子供を生んだことがあるってことや。椿先生とめぐみはんと間には子供はいない」
「そうなのか?」
「ああ」

 あの絵のモデルが妻の仁美ではないのかという疑念に取り憑かれている隆則は、実はめぐみがモデルだったという結論になる方が有り難い。しかし、天野によってそれがあっさりと否定され、隆則は胸の中に錐りを沈められたような気分になる。

「めぐみさんを見ながら、この身体で子供を生んだらどうなるかって想像しながら描いたってことはないか?」
「ないない」

 天野は笑って否定する。

「絵描きってのは目の前の対象に集中すると、そんな余計なことを考えている余裕はないで。モデルの外面から内面に至るまで、そのすべてを自分の絵の中に写し取ろうと格闘するもんや」

 天野はそこまで言うと急に声を潜める。

「あのモデルの女、相当の淫乱やで」
「何だって?」

 隆則は驚いて聞き返す。

「どこにそんな根拠がある。ヌードモデルをしているから淫乱というのは偏見だろう。それとも、あれだけの絵で天野はそこまでモデルの内面がわかるって言うのか」
「おいおい、どうしたんや、山城。そんなにむきになって。ひょっとしてあの絵の女に惚れたか?」

 隆則の勢いに天野は苦笑する。天野は仁美には会ったことはないため、絵のモデルである赤毛の女が隆則の妻に似ているということは知る由もない。

「理由は簡単や。あの女の絵はあそこに飾られているだけやない。画廊には1年で2枚、合計20枚飾られていたが、実はその5倍の100枚はあるんや」
「100枚だって?」

 隆則は驚きに目を見開く。

「どうしてそんなに……いや、それだけ描いているのならどうしてもっとたくさん展示しないんだ。画廊の壁面はまだスペースがあったぞ」
「簡単や、とてもやないが大っぴらに飾れるような絵やないからや」
「どういう意味だ」
「浮世絵で春画ってのがあるやろう。残りの80舞の絵はまさにそれや。あの赤毛の女が色々な男とセックスしている――時には同時に何人も受け入れたり、時には同性も相手にしている様子を描いたもんや」

 隆則は天野の言葉に衝撃を受ける。

(仁美はヌードモデルをしていただけでなく、俺の知らない相手に抱かれ、それを絵に描かせていたというのか)

「中にはいわゆる責め絵もあるで。色々な方法で縛られて、ロウソクや張り型の責めを受けている様子がなかなかの迫力や」
「天野はその絵を見たことがあるのか?」
「ああ、見たことがあるからこんな風に説明出来るんやが」

 勢い込んで尋ねる隆則に、天野はきょとんとした表情で答える。

「どうやったら見れるんだ」
「そんなきわどい絵やからな。おおっぴらに展示されることはない。俺は椿先生に直接見せてもろたんやが」

(駄目か……)

 今日見た絵だけではモデルが仁美であるとは隆則には確信出来ない。まして天野の言う通り、赤毛の女がもっときわどい姿を描かせていたということならそれはやはり仁美ではないのではないかという気持ちの方が大きくなって来る。

 あの清楚な妻がヌードモデルになるくらいならともかく、複数の男や女を相手にセックスし、SMめいた行為も行うなど考えられない。おそらく水商売や、風俗の女が金のためにモデルになったのではないか。

 画廊に展示されていたやや取り繕った表情の絵では分からないが、そんなきわどい絵ならこの目で見れば、モデルが仁美でないことが確かめられる。俺しか知らないはずのあの時の妻の表情――それがキャンバスの上に記録されていないのなら、それは仁美ではない。

(だからと言って、その椿という画家に直接あたる訳には行かない)

 もし妻が椿のモデルの赤毛の女なら、自分の素性に椿が気づく恐れがある。仁美の不貞の相手かもしれない男に手の内を見せる訳には行かない。

 隆則が悩んでいると天野が「残りの絵を見る方法はあるで」と言う。

「えっ?」

鎖縛 10 
BJ 10/31(土) 02:29:11 No.20091031022911 削除

 「豪勢な食事をするぞ」と妻に宣言した手前、和洋は是が非でも璃子を一流のフランス料理店にでも連れて行こうとしたのだが、こと食べ物に関しては父に似てとことん庶民派の娘は、「近くのファミレスでいーよ」と言って譲らなかった。
 仕方なく、和洋は璃子と一緒に、歩いて10分の距離にあるファミリー・レストランへ行った。和洋はヒレカツ定食、璃子は特製ハンバーガーセットを頼む。フランス料理どころではない。

 受験勉強に疲れている娘を気遣って、和洋はしいてその話題を避け、璃子の友達や好きな音楽などについて、あれこれ質問した。璃子はたいして面白くもなさそうな顔で、しかし律儀にその問い掛けに答えては、小さな口でハンバーガーをぱくついた。
 途中、和洋の胸ポケットで携帯が鳴った。
「失礼」
 娘相手なのにいつもの癖でそう断ってから、和洋はかかってきた電話の相手が瑛子であることに気づいた。


「――どうした?」
『あなた…。いま、どこ? 何してるの?』
「璃子と一緒に飯を食ってるよ。聞いて驚け、銀座のマキシムだぞ」

 嘘ばっかり、と正面で聞いている璃子がそっぽを向いた。

『そう…よかったわ。璃子は喜んでる?』
「ああ、餓えた猛獣のようにがつがつ食ってるよ」

 そう言った途端、和洋は机の下で、璃子に脚を蹴っ飛ばされた。

「君は何をしてるんだね」
『わたし…? わたしもお友達の方とお食事して…終わったところ』
「ふうん。料理は何だった?」
『え…ああ、うん…日本料理かな』

 自分で電話をかけてきたくせに、瑛子はどこか気もそぞろという感じだった。

「体調でも悪いんじゃないの? まだ寒いんだから、風邪を引かないように気を付けろ。万一、璃子に伝染したらコトだよ」
『…そう、そうね、あなた。気を付けます』
「璃子に代わろうか?」
『え…ううん、今日はいい。いつも話してるんだし』
「そっか」
『うん…。じゃあね、あなた』
「ああ」


 璃子は指先でフォークを弄びながら、「お母さん、何の電話だったの?」と訊いてきた。
「うーん、とくに内容はなかったけど、まあ、僕たちのことが気になったんだろう」
「そう」相変わらず璃子は元気がない。
「璃子」
「なあに」
「お前もいろいろと大変だろうけど、無理はするなよ」
 その言葉に、璃子はうんともすんとも言わなかった。しばし黙って考え込むような表情をした後で、「お父さん」と真面目な声を出した。
「なんだい、娘よ」
「…まともに聞かないなら話さない」
「聞く聞く、ごめん、ちゃんと聞いてるから」

 ふくれ面をする娘に、和洋はあわてて襟を正した。
 璃子が口にしたのは、意外な言葉だった。

「お父さんさあ…、お母さんのこと今でも好き?」

「それは――どういう意味なんだ」
「どういうもこういうもないよ、そのまんまだよ。お母さんのこと好きかって訊いてるだけ」

 何を怒っているのか、璃子はやけに早口に言う。

「そりゃあ…好きだよ。お前がどんな答えを望んでるか知らないし、さすがに若い子の恋愛感情みたいなものとは遠いだろうけど、好きなことは変わらない。じゃなきゃ、こんなに長年、一緒に暮らせないよ」
「最近はずっと、一緒に暮らしてないじゃない」
「それは…仕事だから仕方ない。でも、気持ちは前と変わらないさ。というかもう、好きとかは通り越して、存在が当たり前になってるんだよ。そんなこと言ったら、お母さんは『わたしは空気じゃないわよ』って怒るかもしれないけどね」
「……………」

 璃子は顔をうつむけて、つけあわせのパセリだけが残った皿を見つめている。
 
「いったいどうしたんだね、急に。お母さんと喧嘩でもしたのかい?」
「そんなもの、してないよ」
「じゃあ逆に訊くけれど、璃子はどうなんだい? お母さんのこと嫌いなのか」
「そんなこと、ない」璃子は絞り出すようにつぶやいた。「お父さんと同じだよ。でも…、最近のお母さんは……ちょっと変」
「変って何が? そりゃあ以前とちがって、ピアノ教室だ、水泳だ、友達との旅行だって家を空けることは多くなったかもしれないけど…。でも、いいじゃないか。お母さんがひとりぼっちで家に閉じこもってるよりは、活発に動き回って人生を楽しんでいるほうがよっぽどいい」

 それは本当に和洋の本心なのか、正直言って自分ではよく分からない。意識してはいなかったが、まったく立場を逆にして、前に璃子とした会話をなぞっていた。
 またしばらくの間、璃子は黙っていた。それから、ぽつりと言った。

「お父さん、はやく家に戻ってきてよ。やっぱりお父さんがいなきゃダメだよ」
「あと一か月もしないうちに帰るよ」

 その時はもう、お前は大学でひとり暮らしをするようになっているかもしれないけど――と、和洋は思ったが口には出さなかった。
 向かいのテーブルでは、茶色い髪の若者たちがそれぞれに煙草の煙を吐いては、他愛もない話に花を咲かせている。

「お父さんがいないと、寂しいか?」

 こういうことを言うと、いつもの璃子なら軽蔑するような目をして、「ばっかじゃないの」とでも悪態をつくところだ。しかし、その時の娘はやけに素直に「寂しいよ」と言葉を漏らした。

「そうだね…きっと寂しいんだ。だからお父さん、早く帰ってきて」
「…分かった、そうするよ」

 この時――和洋は娘の心をほとんど理解していなかった。うまくいかない受験のために神経が過敏になっているのだろうと、それくらいに考えていた。娘がまだ幼かったあの日、迷子になって途方に暮れた時にこんな表情をしていたな――と、そんな思い出ばかりが脳裏をかすめて、胸の内側で静かな感傷に浸っていた。

鎖縛 9 
BJ 10/27(火) 23:44:15 No.20091027234415 削除
『「A」は4×歳の専業主婦です。子持ちで、高校生の娘がいます。
 一見おとなしく楚々とした顔だちをしており、近所では真面目な奥さんと評判のようです。家庭においても、「A」はよき妻、よき母として長年月を暮らしてきました。
 しかし、それは偽りの姿にすぎません。
 いくら拭いさっても、とろとろと淫猥な愛液をあふれさせ、乾くことのない性器。
 変態的な調教でみじめな痛苦や羞恥を味わうごとに、いっそう性の悦びにあえぎ、はしたなく絶頂を乞い願うマゾヒスト。
 それが「A」の本性なのです。』


 そんな文句の下に、また写真が貼ってある。
 ごくっと――和洋の喉が鳴った。
 その写真が同じ日、同じ場所で撮影されたことは間違いない。背景が一緒だからだ。
 違っているのは――女性の姿である。


 女は帽子だけを残し、あとは完全な下着姿になっていた。

 
 下着――と言ったが、それは黒いボディストッキングで、しかも乳房と股間の部分は丸くくり抜かれた煽情的なものだった。ほぼ全裸と変わらない――というより、いっそう淫らな雰囲気を醸し出している。


 そんな格好で女は腰かけたベンチの上に手をつき、カメラに向かいM字形に足を開いて、自らを晒していた。


 華奢でありながら見事なくびれを持った肢体。ストッキングの合い間から飛び出した両の乳房は釣り鐘型で、女の細身に比して豊かな量感があった。股間を覆う淡い陰毛の中心に、モザイク越しに薄らと赤い裂け目が見える。染みのない色白の肌が、ストッキングの黒でより際立っていた。


 白昼の下――女の姿は妖しく浮き上がって見えた。それは、強烈な違和感とともに。


『私は「A」と古くからの付き合いで、この牝が結婚する前から知っています。しかし「A」との出会いや私との関係などは、このブログのなかでおいおい触れていくことにしましょう。
 今はただ、ここを訪れた貴方に「A」の淫乱ぶりを覗き見ていただき、そして虚飾をはぎとられた牝犬が変態的な快楽に溺れていく姿を楽しんでいただければ幸いです。(砂漠の住人)』


 その下には、さらにもう一枚の画像がある。
 またも同日、同景の写真。
 ちがっているのは女性がボディストッキングまで脱ぎすて、一糸まとわぬ姿になっていることだった。
 いや――そうではない。
 女の頸には赤黒い革の首輪が巻きつけられていた。


 裸で首輪をつけた女は、ベンチの上でつま先立ちになり、カメラに見せつけるように股を大きく広げていた。そんな不安定な姿勢で、女は軽くまげた両の手を、ちょうど胸の横の辺りに持ち上げて見せている。


 先ほどのM字開脚よりもさらに屈辱的な格好――それはちょうど、飼い犬がチンチンの芸をする時のポーズだった。
 陽光がすべすべとした肌をかがやかし、全裸に首輪ひとつの姿を風にさらしながらみじめなポーズを披露している女に、あたかもスポットライトを当てているかのようだった。


 眩々と――眩暈がした。


 和洋はいたってノーマルな性的思考の持ち主である。これまで人並みにセックスを愉しめど、その愉悦はSだのMだのとはまるきり無縁であった。当然、このような変態的で異常な行為を女性に――まして妻に強要したことはない。
 もちろん、その手の写真を見たことはあるけれど、興奮よりも後ろめたさをともなった嫌悪感が先にくるのが常だった。そんな和洋が写真の女性を見てこれほど動揺したのは、恥知らずな行為に耽っている眼前の女が40代の人妻であること、高校生の娘がいること、そして細身の体型や一枚目の写真に見られた清楚な雰囲気がよく似ていることが原因だったのかもしれない。


 似ている――誰に?


 女の顔はモザイクで隠されている。
 和洋はその表情を知りたいと思う。
 羞恥にこわばっているのか。
 背徳的な行為におびえているのか。
 アブノーマルな性の快楽に陶然としているのか。
 それとも――
 まるで、飼い主の命令を上手にこなしては、尾を振り鼻を鳴らして誉めてもらいたがる犬のように、カメラの主に向かって従順そのもののまなざしを送っているのか――。


 牝犬になりきった女は、口に何かの紙を咥えていた。
 そこにはこんな文字が書かれている。


「わたしはあなたのペットです」



 写真の下には、『ENTER』 の文字が光っていた。


 ――――――――――――――――――――■――――――――――――――――――――


「…………………さん!」
「―――」
「お父さんってば!」

 はっと目が醒めたように、和洋は顔を上げた。目の前に璃子のふくれっ面があった。

「何なのよ、もー。ぼうっとしちゃって、さっきからわたしが呼んでるのに返事もしないでさ」
「わるいわるい。ちょっと疲れてるみたいだ」
「あんまり働きすぎなんじゃないの。もうオジサンなんだからね。ちゃんと自分の齢を考えてよね」

 娘の口は悪いが、和洋のことを心配している気持ちは伝わる。逆にいえば心配している気持ちは分かるが、どうも口の悪い娘だ。

「オジサンというなら10年も前からオジサンだったさ」

 苦笑しつつ和洋は、「オジイチャン」と言われるよりもマシか、などと考えた。
 時計を見ると、いつの間に昼の2時を過ぎている。

「ごめんな。腹ぺこだろう? お母さんがお昼ご飯を用意してくれてるらしいから、一緒に食べよう」
「…お父さん」
「ん、何」

 不意に沈んだ声音になった娘を、和洋は怪訝な面持ちで見上げた。
 璃子は大きな二重の目に、何か訴えるような色を浮かべていた。どうしたんだろうと困惑する一方で、和洋は自分のいない間に娘が若いころの妻に驚くほど似てきたことを知った。

「ううん、やっぱりいいや」
「何だ、それ……」
「お昼ご飯食べよ。もうお腹へって死んじゃいそう」


[ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 .. 32 ]  次へ

管理〔0〕 MiniBBS