2009年10月11日 05:19
 
マニフェスト実行中であります!(前回の日記参照)

近頃はテレビ局も経費削減の色合いが濃く、深夜番組まで充分な制作費が回っていないようにも見えますが、バブルの残り香という経済的余裕がまだあった一昔前までは、趣向を凝らした数々の深夜番組たちが真夜中のブラウン管を彩っていたものだったのじゃよ、なあ、ばあさんや。この奈良漬け、ちょっとしょっぱいな。

そんな平成初期に、当時高校生だった僕が音楽の仕組み(音楽理論)に興味を持つきっかけとなった深夜番組がありまして、最近になって某巨大動画サイト……かいつまんで言えばYouTubeで改めて観てみたら、これがなかなか興味深かったので、今回はその辺りの話題から皆さんのご機嫌をお伺いしようかと思っております。その番組とは、フジテレビ「音楽の正体」です。

番組の内容を簡単に説明しますと、ポップスを中心とした有名曲を例題として取り上げながら、基本的な音楽の構造を解りやすく解説する、という感じかしら。詳しくはコチラからぜひ。「旋律とオブリガート」や「偶成和音」はとても解りやすいですし、「全曲アナライズ」などはなかなか力作です。

当時を振り返ると、音楽によって得られる感情の揺れ動きの理由が体系的にまとめられているということに、あの頃の僕は感動したのかもしれないです。なんとなく感じていた音楽の法則性を「コレのことでしょ?」と目の前に提示されて「おおー」という感じでしょうか。この番組があったおかげで、僕は音楽の仕組みというものに興味を持ち、もっと音楽理論を学ぼうという意欲が生まれた、のかなあ。こればかりは、童貞だった自分に聞くしかない。

さて、大人になって筆下ろしも済み、毛むくじゃらとなった僕ですが、それなりに学んだ音楽理論の中から意識的に引用して音楽を作ることは殆どしません。何故ならば、前述した通り、音楽理論とは音楽によって生まれた過去の感動を体系的にまとめたものであって、それ自体が感動そのものではないと思うからです。もっと根源的な人間の奥深い部分に、音楽におけるあらゆる種類の感動を作り出す何かがあるのではないかなあと、いつも炒飯を炒めながらボーっと考えています。たまにネギを焦がします。

しかし、一方でそれ(人間の奥深い部分)だけでは、数多ある状況に対応していかなければならない音楽の仕事がなかなか出来ないであろうことも確かですし、そういったエモーションだけで次々と音楽を作ることが出来る人は、とても限られた選びに選ばれた人だよなあと思ったりもします。そういう意味で言えば、僕のような凡人は、ロジックの積み重ねとエモーションの発露の二本柱でバランスを取りながら、どこにあるかわからない金脈を、ホームセンターで買った貧弱なスコップのようなもので掘り続けなくてはならないのでしょう。掘っては埋めて、掘っては埋めて。タイムカプセルはどこだー!埋蔵金はどこだー!

なんというか、ロマンチストかリアリストか?みたいな話に近いのかもしれません。理想を叫ぶだけでは滑稽の極みでしょうし、現実だけを相手に日々を生きていくのはちょっと辛い。理想(目的)に向けて現実を切り開く術を考えることが、実は一番バランスが良いのではなかろうか、という。「行き先を知っていたとしても、切符を買う方法がわからなければどこにも行けないではないか。まあ、行き先を知らなければ、どこまでの切符を買ったら良いのかすら判らないがね」……あ、これ、いま僕が考えたオシム語録風な何かです。

結局のところ、一見相反する価値観や考え方の間で葛藤をすることこそが大事なのかもしれません。理想と現実の間で悩む姿こそエモくね?っていう。恋愛に例えると、好きだからこそ不安になっちゃうし疑っちゃうんだけど、でも、こんな時こそ信じなくちゃダメ!みたいな……うーん、何が言いたいのかわからなくなってきたぞ!でも、葛藤すること自体に意味があるはずだと僕は思いますし、その葛藤が自分を「うっとり」させる為の道具としてではなく、自分ではない誰かの為に存在するならば、ひとつ間違えば愛と呼ばれるものにすら近づくのだろうなあと、思ったり思わなかったり。

まあ、つまり、松屋に牛丼だけでなくカレーもある理由っていうのは、たぶんそういうこと!以上、解散!
2009年08月23日 19:55
 
日記は頻繁に更新しない!それがワタクシのマニフェストであります!

ということで、テレビ画面に映る政見放送も賑やかな近頃、皆さま如何がお過ごしですか?なになに、夏休みの宿題がまだ終わってないって?まさか、夜更かしをして世界陸上を観ながら、

「今回のODYJはテンションヌが低いなあ。相方の中井美穂の夫である古田敦也が五輪野球で解説をする時くらいの勢いが欲しいものだけれど、もしかして、山本高広のモノマネ問題がこのキャラ設定の変更に影響を及ぼしていたりして!影響を及ぼして、キタァァー!!世界陸上は会議室で起こってるんじゃない、スタジアムで起こってるんだ!…なんつって!!レインボースタジアム封鎖出来ません!…なんつって!!」

……というようなことを呟きつつ、勉強をサボっていたのではないですか?もしそうだとすれば、非常に残念な事であり、遺憾の極みと言わざるをえません。つまり、非常にホワイトアウトであり、アマルフィと言わざるをえません。

さて、ODYJとイニシャル表記にした意味が全く無駄になるような文章を書いたところで、衆院選に伴う選挙運動が盛り上がってきましたね、と話題をチェンジング。今回から政見放送の趣向がコマーシャル的なものに変わったからか、各政党とも非常にポップな方向性を打ち出してきている印象です。雰囲気勝負?みたいな。

最近で一番盛り上がった2005年の「郵政解散」の時なんかは、「小泉チルドレン」や「刺客」などのキャッチコピーが生まれたポップさ満載のノリノリ総選挙でしたし、それも踏まえての「無党派層の関心を引き付けるのにキャッチーさは外せないよねー」という各党選対ブレインの声が聞こえてきそうな感じです。僕も実際その通りだと思いますし、じゃなきゃ、芸能人やスポーツ選手が当選したりはしないわなーとも思います。2005年に杉村大蔵があれだけ取り上げられた理由なんて、キャッチー&ポップ以外には無いと断言が出来ますもの(その善し悪しについては一端置いておいて)。

話はさらに変わりますけど、例えば「エコロジー」という言葉もキャッチーさが満載だから気になっちゃってる人が多いというだけで、その本質まで踏み込んでいる人は少ないんじゃないのーと思ったりもします。地球温暖化の原因が二酸化炭素であることも完全に証明されたわけではない現状で、エコロジーという言葉のキャッチーさと目の前に提示された新しいイデオロギーのようなものに、なんとなく従ってしまっている人が多いのではないかしらと。

実際に、エコポイントや「環境に優しい」というキャッチコピーによって、エコそのものが消費の理由として成立をし始めているわけですし、そればかりか、二酸化炭素の排出権売買に新しい利権が生まれていそうですらありますし……ということを、分別するペットボトルを水洗いしながら思います。このペットボトルも、石油を精製する時に生まれる副生成物が原料だから、リサイクルすることでは根本的な解決を見ないばかりか、むしろ、リサイクルをする時に生まれる熱量の方が環境的には問題なんでないのかなーとか。僕が何故ペットボトルを分別するのかと言えば、社会のルールには(ひとまず)従うというモラルの部分と、分別したことによって得られるわずかな自己満足の為のような気がします。

キャッチーさやポップさにも色々あって、この現代において、エモーションに起因する本当のそれらは、僕が思っているよりも僅かにしか存在しないのかもしれないなあと思います。本当のそれら、という認識自体もどうなのかなあ。わからないですけど。とりあえず、ODYJのそれが本物なのかどうかを知りたいです……いや、それはたぶん知っている気がするからもういいや!

久しぶりに日記を書いたからか、とんでもない長文になってしまったような気もしますけど、ひとまずそれは気のせいということにするのもワタクシのマニフェスト!そんな藤本に清き一票をよろしくお願いします!
2009年07月15日 06:10
 
今回の衆院選挙は「Ah!So-選挙!」みたいなタイトルでどこかの民放局が選挙特番をやってはくれないだろうか。

さて、世間ではすっかり梅雨も明けたとか明けていないとか明けたとか明けてないとかってどっちなの!明けたの?明けてないの?明けたの??ホントに明けたの??オッケー!!梅雨明けオッケー!!(古田語録より)

っていう、文字数の割に意味を持たない文章を書くことが得意な僕ですが、今週から来週にかけて忙しくてもう大変。梅雨明けとは殆ど関係のない生活を送っています。え、なんで梅雨明けが関係ないかって?ずっと部屋の中で作業をしておるからだろうがあ!近所のドラッグストアが憩いの場なんじゃあ!昨日は弱酸性の洗顔料を買いましたっ☆ミ

そんな僕の作業中の息抜きは料理です、なんつって!いやでも、東京都大田区で167254本の指に入るくらいの自炊系男子ですから、3食の全てを自分で作ることもあるのです。昨日の晩は、豚コマ肉と大葉と柚子胡椒のペペロンチーノを作ったりとかして、なんだかもう俺ってばオサレ極まりないよねって感じ!3日間くらい風呂に入ってなかったりもするんだけどね!面倒な時はカップラーメンで済ませるしね!ベッドのシーツもまだ洗ってなかったりしてね!(前々回の日記参照)

そんなことで、何が書きたいのか自分でも判らなくなってきたので作業に戻ろうと思います。
2009年06月30日 15:27

恋に仕事に忙しい毎日を送っているであろう皆々様、おはこんばんちわ!

湿度がアゲアゲな雨降りの中、余計に首元がジットリするような挨拶から始めてみるという強気の采配にスタンドを埋め尽くした超満員の観客もウットリ!……あ、ジットリとウットリで韻を踏んでいそうで全く踏めていないんだけど、まあ、この辺の詰めの甘さが俺のチャームポイントなんだよねーって言ったら君は怒るかい?

さて、最近のワタクシの日常からトピックを抜き出しますと、先日"ニコタママダムの秘密基地"ことたまプラーザへ友人のお墓参りに行って来ました。同行したのはその友人の親友であった女性で、実はこの日が初対面であったのですけれど、あらかじめ何度か連絡を取り合っていたこともあり、ぎこちない感じで目を合わせられないままの会話は5分ほどで終ー了ー!その後は、駅前の百貨店にある洋食屋で、ビールを飲みながら思い出話に花を咲かせたり咲かせなかったり酔っぱらったり酔っぱらったり酔っぱらったり。アルコールって偉大だなあ。

その女性の彼氏が、かつてソフトタッチというバンドをやっていたことは以前から知っていたのですが、詳しく話を聞くうちに僕の周囲の人々と授受つなぎ的に繋がっていったことには、驚くと同時に不思議な縁を感じてしまいました。そして、不思議な縁を感じてしまったので、今度その面々と呑んでこようかと思っています。しょうがない、感じちゃったんだから。つまり、「考えるな、感じろ」ということですかな!

以上、自分の曲が5倍速になってアップされていたりする藤本がお送りしました。
2009年06月21日 13:12

ベッドのシーツを半年くらい洗わないで放置すると上履きみたいな臭いがするって皆さん知ってました?

さて、駄話をひとつ。

最近、近所のスーパーでキャンペーン的なアレが催されていまして、500円分の買い物をする度にスタンプをひとつ押してもらえて、それが15個貯まると商品券を手に入れることが出来るのです。

ミュージシャンと呼ばれる方々の片隅に身を寄せさせて頂いている日々ですが、しかし、いざ買い物に出かけた時に首をもたげるのは完全に主婦の心。「スタンプだって?ユー、お得な話には乗っちゃいなよ」と、後頭部7cm上あたりで囁くのは、果たして天使なのか悪魔なのか。僕が池に落としたのは、金の斧なのか銀の斧なのか鉄の斧なのか。言い換えれば、セックスなのか嘘なのかビデオテープなのか。

なんの話だっけ。ああ、スーパーの話だった。

ある日、そのスーパーで買い物をしていた時のこと。陳列棚を物色しながら何気なく買い物カゴを覗いた時にハッと気が付いたのです。今の合計金額が(たぶん)700円くらいだということに。

1000円分の買い物をすればスタンプをふたつ押して貰えるのだけれど、その額へ届くにはあと300円くらいの追加購入が必要。しかし、もう買うべき物は全てカゴの中……ああ、その時、スタンプのことを忘れることが出来れば良かったのかもしれない。だけど、そうはいかなかった。僕はスタンプを、そう、彼女を忘れ去ることが出来なかったんだ。あの声を、あの笑顔を、そして朱肉に染まった後ろ姿を。

ということで、1000円を目標にして、もう300円くらい精神的目分量で買い物を続けてみようという結論に至りました。言ってみれば「近所のスーパー杯争奪!スタンプ・チキンレース!」といった趣ですネってなんだそれ!

今回のスタンプ・チキンレースは、「一桁まで計算するのはみみっちいので、十桁までしか計算しない」という藤本ローカルルールを適用。そして、「1000円という額を超えつつも、出来るだけ1000円に近い数字であれば更にヨシ」という目標を設定しました。
ちなみに、このルールを運用する上で最も重要なことは、「みみっちいとか言うけどさ、じゃあ、スタンプひとつの為にこんなに労力を費やしている行為自体はみみっちくないの?」という至極真っ当な疑問を脳内から消し去ることです。うん、消し去った。おっけー。

必要ではないところから必要なものを生み出すことは難しいが、出来ないことではないはず。そんな信念を胸に、保存性が高く将来必要になるであろうものをチョイスし、悲壮な覚悟と共にレジスターへ。この際だ、会計を担当する店員も精査しよう。よし、あの童貞っぽいメガネの彼に決めた。


「いらっさっせぇ。お預かりしまぁす。ゼロカロリー・グレイプフルーツジュースが一点、栗入りあずきアイスモナカが一点、塩昆布が一点………一平ちゃん味噌味が一点、一平ちゃん豚骨味が一点………合計、」

ゴクリ…。南無三!

「998円になりまぁす」

ンガッッ!

……負けた。俺は負けたよ。俺はこのスーパーに負けたし、ルールを設定した自分自身にも負けたし、なんなら、レジを打ってくれたこの童貞の彼(推定)にも負けた。全てにおいて俺は負けた。全くもって完敗だ。

「お箸はおつけしますかぁ?」

知らねえよ、そんなの知らねえよ。つけたきゃつけろよ。今のこの敗北感を前にして、エコだなんていう言葉はひたすらに陳腐だ。さあ、箸も袋もつけてくれ!なんならスプーンとフォークもだ!そして、世界中の牛たちはもっとゲップをすればいいと思います!!

ちなみに、スタンプを15個集めて貰える商品券は100円分です☆ミ

あ、日記冒頭のベッドのシーツの件、友達の友達の話なので本当かどうかは定かではありません。しかし、「僕の友達の友達」には僕自身も含まれるという言葉のマジックが存在することもまた事実。 不思議な話だなー。
2009年06月09日 09:18
 
こうしてテキストをコツコツと打ちながら思うこと、それは、もし僕が怪しげなヒゲメガネではなく可愛げな年頃の女の子であれば、こんなに頭を悩ませながら文章を綴る必要もなく、「今日のコーデ! (人´∀`)☆★」なんつって自画撮り.JPGを載せちゃえば日記の更新もワンタッチで終了だから気が楽だよなーってなことでは断じてありません!断じて!断じtだんjd

そんな感じの僕ですが、日常の影に潜む非日常の裏側、言うなればダークサイドオブ非日常、っていうか、要するに日常のことを書いていこうかと思っております。それはつまり、自分にとっての日常の定義を示していこうということに他ならない!どんとこい日常!俺はお前を愛しているぞ日常!

我々のような音楽を作る人間は、経費で処理が出来る高いお買い物、いわゆる音楽制作用の機材というものをたまに購入したりもするのですが、僕が最近購入したその手のもののひとつにCubase5というものがありまして、いやあ、久々にイイ感じのものを買ってしまったのでテンションが上がりに上がっておりますフォオォー!!そのCubase5のどこがイイ感じなのかと申しますと……まあ、それは詳しく説明してもアレやから割愛するけどもやな、とってもイイ感じなんや。アンタも人の子なら、それくらい言わんでもわかるやろ。ほな、日記終わるで。ごくろうさん。

みたいな日常ですが何か!!

あ、告知をひとつだけいいですか?NHK教育 天才てれびくんMAXの6月のエンディングテーマ(MTK)「ダン!ドン!」という楽曲の、作詞・作曲・編曲を担当しました。今月いっぱい放送されると思いますので、機会があれば是非チェックしてみて下さいませ。
2009年06月04日 03:26
 
今夜は僕がこちらの日記を再開して4日目の夜になりますね、皆さんいかがお過ごしですか?……と、この一文から、自己と他者の境界線が曖昧なサイコパス感をイチ早く感じ取ったアナタ。そう、そこのアナタ。素晴らしい。俺と一緒に東京へ行ってビッグマネーを掴まないか?

つかまなーい。つかめなーい。

先日、数年ぶりに会う友人と近況報告も兼ねてご飯を食べたのです。その友人も音楽を生業にしているので、自然とその手の話題にもなったのですが、「音楽の世界にいる人は基本的に"子供大人"だよね」みたいな話になりまして、それは以前から別の友人とも話していたテーマだったこともあり、渋谷の沖縄料理屋でやんややんやと盛り上がりまクリスティな二人のアラサー(あと半年くらいで死語の可能性大)。

"子供大人"とは、「空気を読んで全体に配慮することが出来る」「ある程度の策を巡らすことが出来る」というような大人な部分と、「楽しいことには目がない」「年相応を拒絶したかのような身なり」というような"やんちゃ"な部分を併せ持っている人のことを指します。精神的にも外見的にも大人と子供の部分が混ざっちゃって子供みたいな大人だねーという状態、と言えば伝わるでしょうか。

さて、"子供大人"から"大人子供"の話題へ。

ここ数年、10代後半から20代前半の人々と知り合う機会が多く、よく話をしたりもするのですが、彼らの一部は非常に大人びていて、今回の話の流れで表現すれば、"大人子供"、つまり、大人のような子供という感じです(もちろん、人間としての成熟度は子供のままだったりもしますけれど)。

インターネットのポジティブな面だと僕が思っていることのひとつに、知識や情報を容易に入手することが出来る、共有することが出来るという部分があります。Googleなどで検索をすれば欲しい情報を満遍なく手に入れられる、つまり、大人も子供も同じ情報を俎上に乗せて物事を判断することが出来るのです。社会的経験値などは一端置いておいて(笑)、知識や情報という部分において、インターネットが無かった時ほど大人と子供の差は今は無いのではないだろうか?と僕は思っています。そういった状況の中で、非常に大人びた部分を持つ精神的には未成熟な"大人子供"が生まれつつあるではなかろうかと。
翻って考えれば、そのインターネットを通じて、そういった"大人子供"が自分の情報を簡単に発信出来るようになったので、以前よりも僕らの目の前に姿を現しているだけ、なのかもしれませんけれど。

僕は「インターネットって、ちょっとした産業革命みたいなもんじゃね?」と(産業革命を明確に説明することが出来ないくせに)思っているので、これによって人々の生活のあり方や考え方、世代間の接し方みたいなものが変わってくるのだろうなと考えています。70年代を多感な時期に過ごした人、80年代に過ごした人、90年代に過ごした人(僕はここですね)、それぞれ、その時代を否応無しに背負って生きているわけですが、インターネットが普及し出した00年代にそれを過ごした人は、果たしてどんなマインドを持っているのだろう。という話にも、"大人子供"は関係してくるのかもしれませんね。

そんなことを、天井のシミを数えながら日々考えている、わけはないだろうがあー!このばかちんg
2009年06月01日 23:31

ブログへの移行という世間の流れに逆らっているうちに、BBSも自動巡回的な何かに荒らされ、長崎県にある軍艦島のように荒廃が進んでしまった当HPですが、そんな状態だからこそガツンと書けることがあるのではないだろうか!……と、suicaにチャージをしている最中にふと思いまして、ここでは日々の出来事を徒然に書いていくことにしました。よ、よ、よよしくぉおねがっししまひ(久しぶりの更新による緊張から物凄い勢いで噛んだ)。

さて、日々の雑務(炊事・洗濯・掃除など)をしている最中、体が忙しいのとは対照的に耳が暇なのですね。耳が何かしらの情報を欲しがっている。しかし、音楽を作っている時は当然のようにずっと音楽を聴いているので、そういう時まで音楽を聴くのは気分転換にならないし、ちょっとなあと。

なもので、家事をしている最中はよくポッドキャストを聴いています。元々がAMラジオっ子であるので、そのようなプログラムを聴くことが多いのですが、中でも特に好きで聴いているのは、TBSラジオのライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフルと、安住紳一郎の日曜天国でしょうか。前者は宇多丸さんの多角的でありながらも偏った知識が素晴らしく、後者は安住さんの日々の生活の出来事をちゃんとオチのあるフリートークにしてしまうスキルが素晴らしいです。ヒップホップアーティストとアナウンサー、畑は違えど言葉を武器にしていることに変わりはなく、その選択のセンスなども勉強になります。

きっと誰もこの日記を読んでいないのだろうなあと思うと、こういう普通のこともサラリと書けちゃうから不思議だネ☆
2008年03月31日 09:48
 
「叩き上げ機長」

前回の日記の「元シンバルスの土岐さん」という記述を、「元々インパルスと付き合っていた土岐田さん」と読み間違えてしまいました。良くも悪くも、それでいいのだとは思います。

さて、僕がグルメ(スイーツ含む)と恋愛エピソードをメインにしたOL以上にOLライクなブログを認めているのは既に公然の秘密ですが、それはともかく、実は3日後に32歳になるのです。この件については決定事項なので、個人的な理由での変更や拒否は出来ないとのこと。まったく、お役所仕事の極みですな!!

高校球児が年上から年下になって十余年、女子アナの定年と言われる29歳を華麗なステップで飛び越え、お年玉も貰う立場からあげる立場になり、幸いにもまだ「おじさん」と呼ばれたことはありませんが、しかし、そろそろ"精神年齢=高校2年生"という体のモラトリアムから脱却を図る時が来たのでしょうか。

・・・・・・いや、ちょっと待って欲しい。

精神年齢=高校2年生から年齢をひとつ経る・・・・・・ということは、精神年齢=高校3年生で良いのではないだろうか?物事は急激に変化をさせても上手くいくことは少ない。何故なら、変化することが目的ではなく進歩することが目的であり、その為に変化を必要としているからだ。より重要なのは、変化そのものではなく、どう変化するか?ということではないだろうか。

ということで、32歳の藤本さんは精神年齢=高校3年生を精一杯生きることに決めました!ひゃほー!ビバ、舟木一夫!!

んなわきゃない。お、髪切った?
2008年03月04日 08:57

「グッドバイ」

たまには極私的なことで日記を書いてもいいのかなあと。

ツシマくんと僕が初めて出会ったのは、今から約8年前。当時僕がやっていたバンドのキーボード募集の記事に彼が応募してきてくれたのキッカケでした。最初の挨拶では物静かだった彼が、演奏が始まった途端、飛び跳ねながら鍵盤を鬼気迫る形相で弾き出したのにはビックリしましたけど、それが過緊張からくる照れ隠しだと知ったのは、それから数ヶ月後。ボサノバの曲では手持ちのNordlead2を駆使し、雰囲気のあるアンニュイなフレーズを弾いていました(ボサノバとアナログシンセの親和性に気付いたのはその時)。

その後、結局バンドに加入するに至らなかった彼と僕を繋いだものはサッカーでした。彼がサッカーに詳しく、そしてプレーもするという話は聞いていたので、FC鬼というサッカーチームを立ち上げる時に参加の打診をしたのです。ふたつ返事で承諾してくれた彼は、かつて好きだったという読売クラブの選手ようなプレースタイルで、背番号11を背負いファンタジー溢れるプレーを見せてくれました。こう書くと大げさに聞こえるかもしれないですけど本当に上手で、彼がボールをキープをすると周りが動き出すような、そんなプレイヤーでした。

そんな彼が大腸に大きな病を患ったのは今から約2年ほど前。大変な外科手術を乗り越え、傷跡を見せて「改造人間だよー」みたいな軽口を叩きながら一度はサッカーが出来るまで回復したのが約1年半前。その後、体調を崩して再び入院し、一度は退院したものの、今年1月に再び入院。そして先月末日、29歳という若さで帰らぬ人となりました。去年の夏過ぎに自由が丘で一緒にご飯を食べたのが最後でした。

彼の親しい友達から、彼はとても僕のことを慕っていてくれていたと亡くなった後に教えて貰いました。確かに、でなければバンドのオーディションで自分を落とした人間と友達になろうとは思いませんよね。もしかしたら、とてもシャイなくせに人懐っこい次男気質満載の彼の性格が、第一子長男である僕と相性が良かったのかもしれません。今となってはそれはわからないけれど、でも、もう少し"年上っぽいこと"をすれば良かったなあと思ったりもします。

初めて会った時に彼が弾いていた赤いNordlead2は、いま僕の隣にあります。「僕じゃ上手く使いこなせないからさ、藤本さんが使った方がいいんだよ」と、数年前に友達価格で譲って貰ったのです。マスターキーボードとして使っているので、実際のところ僕も使いこなせているとは言えないのだけれど、僕の最近の仕事の殆どはこの鍵盤から生み出されたものなので、これ無くして今の僕は無かったとも言えます。

そんな彼ともう二度と会えないのは寂しいし悲しいです。でも、それでも生きていかなければいけないのが人生で、彼の分もなんて自意識過剰なことは口が裂けても言わないけれど、僕が音楽と共にこれからも生きていく理由がまたひとつ増えたような気もしています。いや、これも充分自意識過剰かな。でも、彼が僕に残してくれたものを表現出来るのは僕しかいないのだから、あながち間違ってはいないのかもしれません。

そんな彼にこの曲を。彼も好きだった、元シンバルスの土岐さんがボーカルのライブテイクです。

さようなら。ありがとう。でも、また会いましょう。