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2002年夏 ロシア交流日記

1行レスが書けるようになりました。何か書いてね (^^)。


[77] ロシア交流19
8月14日(水)

最終日は、Alex は仕事に出かけたので、私と、へばちゃん、モエ、Alina でバスに乗って、おみやげを買いに出かける。タカトとナオカは、Sasha と Tanya と一緒にお留守番の方がよいらしい(遊んでくれるからね (^^; )。

バスも要領が少し分かってきた。いつものバス停にくるのはほとんどがワンボックスカーバスだが、料金5ルーブルは乗ってから運転手さんに手渡し、もしくはリレーで渡してもらう。小銭がないときは近くの人に両替してもらい、時には乗客どうしでまとめあげて払う。なんか人とのつながりが密で面白い。

土産物屋に行ったら、男爵とホスト家族も来ていた。マトリョーシカをまた買う。私は自分の母のためにロシア文字のTシャツが欲しかったのだが、なかなか見つからない。みな英語ばかりだ。日本において日本語入りのTシャツがなかなか見つからないのと同じだろう。仕方がないので別の服を買う。カンフィアティをまた買うために市場に行く。たくさんある中からあれやこれや選びながら買うので、何度行っても楽しい。

マーケットで
マーケットで。Alina はヤーブラカを買う。

カンフィアティ
カンフィアティは好きなものを選ぶ。値段は1kgあたり。

両替屋にまた行ったり、新しい店に行ったり、マロージュナ(アイスクリーム)を食べてぶらつく。途中道ばたで偶然に Alina の同僚の人に会う。英語の教師なのだそうな。何でロシアに来たの?、と英語で聞かれたので、ヒッポの交流だと言ったら、ヒッポのことを知っていた。

家に戻り帰りの荷造りをやりだす。最初の予定では2時に中央広場集合だったが、これから昼食のようで、それでは間に合わなくなる。Alina に聞くと、変更になったらしい、というのだが、よく分からないので、再度電話で問い合わせてもらう。その結果、本当に4時に変更になったということが分かった。

そのうち Alex が帰ってきて、昼食となった。Alex が何か瓶を持ち出してきた。「最後の食事」ということでシャンパンチカを用意してくれたのだ。飲めない Alex もシャンパンチカで乾杯してくれた。へばちゃんも「最後だから・・・」ということで少し飲んだ。その後 Alina が「ルスキー パダルキー」と言って、また土産を出してくれた。私にはウォトカと BALSAM という香り付けのお酒。このお酒はブランド名が「ウスリースク」で、地元のお酒だそうだ。子どもたちにはチョコレート。一番下のモエにはぜひ!、ということで「起きあがり人形」をくれた。うーん、日本ではどう考えても1歳未満の子供用のおもちゃなのだが・・・。私の母や、へばちゃんの両親にも土産をくれる。「エタ ヒロユキ マーマチカ、エタ ヨーコ マーマチカ」と言いながら渡してくれる。

最後のパーティ
最後のパーティにて

再び土産をくれる
再びの土産

私の母やへばちゃんの両親のことは、調査票に書いてあったわけではなく、スティ中に Alina と過ごしているうちに話したことなのだが、ちゃんと覚えていて、パダルキーを用意してくれたのだった。これにはちょっとジーンときてしまった。そういえば、Alina がセクシーグッズの店に私たちを連れていき、「お母さんへの土産をここで選んだら?」と言ってケラケラ笑っていたことがあった。もちろんジョークなのだが、私の母が夫(つまり私の父)を早くに亡くした、という話を覚えていてくれてのジョークなのであった。これもロシア流?。

最後の食事を終え、みんなでウスリースク中央広場まで行く。すでに大勢のホスト・ゲストが集まっていた。私たちも最後に写真を撮り、へばちゃんは Alina や子どもたちとハグしている。私は握手をして分かれた。「バイショーエスバシーバ、スパシーバ」と何度も言って、バスの中から思いっきり手を振る。Alex 家族も笑顔で見送ってくれた。

見送り
До свидания


バスが走り出して、今までのスティの様子が頭の中を巡ったが、涙は出なかった。へばちゃんもほとんど泣かなかったようだ。別れはしたが、なんというか、ちょっとお友達家族に会いに来て、「それじゃあまたね!」と別れたような気分なのだ。そこはロシアではあったが、「遠い外国」という感じは全然なかった。ロシアの人たちはみな暖かく、人付き合いも活発で、私たちを暖かく迎え入れてくれた。ウスリースクは新潟から飛行機で1時間半、車で1時間半と、距離的にも近い。精神的にも、物理的にも「遠い」とは全く感じなかった。

名古屋空港に帰ってきてから、ロシアの家に電話をした。「ヤー パシリ ナゴヤ サマリョータ。パトン ダモイ!」とあるだけのロシア語を並べた。Alina の甲高い声がすぐに帰ってきた。電話なんて今は世界中に通じて当たり前ではあるが、やはりその声の後ろに Alex、Sasha、Tanya の顔や、家の中の様子がすぐに浮かぶ電話は、また格段に身近だ。今やロシアは私たち家族にとって、親しいお友達の世界と感じられるのであった。


あっそマン > わはは。やっぱり年が明けてしまった。でもまあ書けてよかったよかった (^^)。 (2003/01/01(Wed) 15:00:20)

おトク@安城 > 楽しみに読んでたよ!面白かったです!スパシーバ! (2003/01/02(Thu) 20:05:19)

あっそマン > きゃー。読んでたの?。はずかしー (^^)。でも今年もよろしく! (2003/01/02(Thu) 23:04:44)

モニカ > ウン♪おもしろかった(^.^)ここ読んで、いっぱい言葉をもらったよ! (2003/01/03(Fri) 14:05:52)

リボン@伊勢 > おもしろかった〜!ロシア行きたーい!しばらくは、チェブDVDでガマンしよう・・・ (2003/01/05(Sun) 17:17:04)

あーみん > おわったねえ。詳しく書いてくれて、一緒にでかけたみたいだったよ。 (2003/01/06(Mon) 00:14:24)

ホーマー > 写真のウォトカ「ストレチナヤ」っぽい。BALSAM は、さしずめロシア版の養命酒、ウォトカにチュチュ加えて飲む。これだけ飲んだら明日の朝、大変なんだって! (2003/01/06(Mon) 12:41:24)

あっそマン > みなさんレスありがとう。何とか終わりました (^^;。 ところで、ロシアではウォトカにさらにBALSAMを入れるの?!。ビックリ。日本では紅茶に入れたりして楽しんでいます。そういえば、ウォトカはあまり味がないから、BALSAM など入れると飲みやすくなるのかな?。 (2003/01/06(Mon) 23:41:33)

ホーマー > 健康に良くて体に良いらしい。注:私のスティした家だけかもしれない。 (2003/01/07(Tue) 08:08:24)

高木チロル > 面白かったで〜す! ロシアがグン!と近くなりましたよ。スパシーバ! (2003/01/08(Wed) 16:17:39)

あっそマン > チロル、読んでくれてありがとう。次は大丈夫のロシア話を見てね!→と、勝手に振る。大丈夫イズミニーチェ (^^; (2003/01/09(Thu) 00:21:43)

あっそマン > 確かにBALSAMは毎日ちょっとずつ飲めば薬用酒かも・・・、と思うが、ウォトカと一緒に飲んで効くのかな?(吸収がよくなるのかも・・・)> 健康に良くて体に良いらしい。注:私のスティした家だけかもしれない。 (2003/01/09(Thu) 00:23:14)

キミ- > 私は…これから読むのですけど(こればっか)、写真がほんとに綺麗ですねー。 (2003/01/09(Thu) 10:25:23)

あっそマン > 良いところを、しかも選んで掲載しているからね (^^; (2003/01/11(Sat) 00:15:55)

とき」 > こんにちははじめてきますよろしくおねがいします (2004/06/29(Tue) 11:23:50)

Matthew B.http://www.googles.com/ (2007/09/20(Thu) 00:49:15)

名前 レス 文字色 削除キー

[76] ロシア交流18
8月13日(火)その2

この日は、午後からホームスティメンバーやホストが集まるギッパパーティがある。持ち寄りパーティなので、焼きそばを作る。乾麺の日清焼きそばを持ってきていた。以前韓国にスティに行ったときも持っていった、我が家の定番だ。キャベツとニンジン、ミンチの肉を入れて作る。フライパンで炒めるのは私がやった。多めに作ったので、子どもたちにもあげる。ナオカはこれを食べて元気が出たようだ。どうやらパーティに連れていけそうだ。

全員車に乗って出かけるが、最初に、イーラの家に寄る。Alina の同僚らしい。そういえば、Alex の同僚には会わずじまいだった。Alina の方が何事も積極的か(つまるところ姉さん女房かも・・・)。かわいい赤ちゃんをみて、すぐにまた出かける。この「ちょっと人に会いに寄る」というのも、海外に行くとよく出会うことだ。これが結構楽しい。

次に着いたところは、アパートではないし、集会場でもない建物であった。劇場なのだそうだが、今はほとんど使われていないのだとか。確かに中はほこりっぽいし、寂れた感じがするが、パーティ会場なのであった。Alex はパーティに来ずに、仕事に行ってしまった。ちょっと残念。

中にはいると、すでに大勢の人がいた。このパーティは家族交流のメンバーだけではなく、同じ時期にウスリースクに来ているヒッポの青少年交流のメンバーも参加している。もちろんホスト家族も来ているから、結構な人だかりだ。ピアノのある部屋に料理を置き、中央ホールに集まった。

今回の家族交流に参加した人たちに再会し、ホスト家族を紹介してもらう。でも、そのほかに知った顔を見つける。大阪のゆかねえが、青少年交流のグループフェロウとして参加していたのだ。ゆかねえは浴衣を着ていた。他にもちらほら、ヒッポメンバーや、ロシアのホストで浴衣を着た人がいた。Tanya に浴衣を着てもらえば良かった。なかなかこういうところに気が付かない (^^;。

パーティ1
華やかな衣装

パーティが始まると、華やかな服を着た女性が3人登場した。ロシアの民族衣装だろうか、とても美しい。後から知ったが、プロの役者さんらしい。まずは、女性がパンを持って、回りながら配って歩く。そのうち、女性の後ろにみんなが連なって、大きな行進の輪ができた。次にちょっとしたゲームをする。まずみんなで輪になる。座布団のようなものを持った人がいて、他の誰かの前に行って座布団を置いてひざまずく。すると、その人にキスができるというゲームだ。キスされた人が今度はキスする側になり、座布団を受け取って中に入る。男の子達は、みんなキスされるのをいやがって逃げ回ったり、押しつけあったりして大騒ぎになる。でも、とても面白かった。ナオカは Tanya にキスされたのだが、次に誰かにキスするときになって、泣いてしまった。

パーティ2
Tanya にキスされるナオカ

その後は、ロシア童話「おおきなかぶ」を即興で演じる。ヒッポメンバーがそれぞれ、蕪、おじいさん、おばあさんの役をやる。ちょっとしたかぶり物があって、役者さんがロシア語で話すのをみんなで真似しながら演じた。見ていて面白かった。

パーティ3
即興の「おおきなかぶ」

役者さんの司会にあわせながら、メンバーとホストが一緒に、みんなの前に出て、歌ったり踊ったりした。男爵はお得意の「カチューシャ」の歌をホストと歌ったので、私たち家族は全員で前に出て「ワニのゲーナ」を歌う。歌うと言っても、Alina の声にあわせてメタカツしていただけだが。ダンスもあり、座は大いに盛り上がった。

一通り終わった後、料理を置いた部屋に入り、みなで「ダズダロービア」をする。ロシアのお菓子がいくつもあったのが印象的だった。ビーバもあったのでもらう。持っていった焼きそばはきれいになくなったが、ロシアの人たちも食べたかどうかは不明だ (^^;。

ホールの方では、青少年が集まって SADA が始まったようだ。しばらくして、もう一人のグループフェロウの人がやってきた。「あっそマンですよね。カンフー SADA って持っています?」といきなり聞かれてしまう。SADA の中でロシア語の曲をピックアップしたCDを持ってきていたのだが、時間が余っているのでその後ろに「はやりの SADA」を入れておいた。その中にカンフーSADAがあったのだ。男の子たちが喜んでやっている。こんなに人気があるのだとは知らなかった。

家に帰って、夕飯を食べる。今日がロシアでの最後の晩だ。ヒッポでは交流の時、ホストファミリーに感想を書いてもらう用紙を持ってくる。それを今晩書いてもらおうと思って、Alina にどこにやったか聞いてみた。用紙はホームスティ初日に渡したので、それに書いてもらおうと思ったのだ。しかし、Alina は知らないと言う。Alex に聞いてもどこに行ったかわからないようだ。

まあ、紙なんて何でも良いから、ノートにでも書いてもらおうと思って、Alina に「ホームスティの感想を書いて」と言おうとしたのだが、これがなかなか通じない。ホームスティで行った場所を書くのか、と思われた時もあった。何とか伝えよとしたのだがどうしても伝わらない。そのうち Sasha が英露辞典を持ってきて、それを使ってやっと分かってもらえた。

ロシア語でしか書けない、と Alina は言ったが、「ニチョア、ニチョア」と言って書いてもらう。後から見ると、筆記体で書いてあることもあって、音も浮かばず、全然分からないが、一生懸命書いてくれたのが伝わった。Alex にも、Sasha にも、Tanya にも書いてもらった。お礼に私たちも書いた。日本語であったが、それぞれの名前はローマ字で書いた。ヘバちゃんもタカトも、ナオカにも書かせた。お互いに、大切な宝物となった。Alina の日記は、いつか自分で読むか、ロシアの人に読んでもらうことになるだろう。私たちの書いた感想も、いつかまた Alina の家に泊まった人が読むに違いない。

その後、Alina がロシアのコインを持ってきた。ロシアのコインは同じ額で絵柄の違う物がある。いくつも出してもらったり、もっとも小さい単位のコインまで探してもらったりしながら、ロシアでの最後の夜は過ぎていった。


あっそマン > 果たして冬交流が始まるまでに終わるか? (^^; (2002/12/21(Sat) 13:57:02)

ホーマー > ロシアでは、旅人に対するもてなしとして、先ず、パン&塩なのです。 (2002/12/25(Wed) 12:51:10)

モニカ > う〜ん、最後の夜だなんて・・・こちらまで、なんだかしみじみしてくるわ(´。`)いよいよ、最終回間近・・・やっぱり、「さよならなんて言わない」なんて感じなのかしら(^_^;) (2002/12/27(Fri) 20:42:03)

あっそマン > あ、冬交流、出発しちゃった (^^; 。 (2002/12/29(Sun) 09:12:19)

あー > 「はやりのSADA」持っていってよかったね!うちのFに来てくれたパタリロ君と「カンフー」やったよ!しなやかでいい踊りだったわ。 (2002/12/30(Mon) 02:12:04)

まさぜん > うーん。そういえば、ついに、ロシア話をしなかったなぁ。 (2002/12/30(Mon) 17:55:17)

あっそマン > 日記上では明日帰国なのだが・・・。こりゃ年明けかな?。パタリロくんとは会えずに残念。まさぜんのロシア話も聞けずに残念 (ii) (2002/12/30(Mon) 21:53:03)

あっそマン > あ、ホーマーの「先ず、パン&塩なのです。 」、詳しく聞きたいワン (^^) (2003/01/02(Thu) 23:11:07)

ホーマー > 古くからのロシアの習慣で旅人には、パン&塩でもてなすのです。ロシアに訪問する政治家たちも、サノリョーテを降りるとパン&塩を差し出されます。 (2003/01/06(Mon) 12:44:08)

あっそマン > へー。面白い!。見てみたい。小泉さんロシアに行かないかなぁ?。 (2003/01/06(Mon) 23:46:02)

あっそマン > あ、そう言っていたら、本当にロシアに行ったみたいね。でもニュース見ているヒマもないほど忙しくて、確認できなかったよぉ (ii) (2003/01/11(Sat) 00:16:41)

みみこ > 初めまして、耳子です!宿題でロシアの事調べててこの日記を、発見しちゃいました!あたしもロシアいきたいな。誰かロシアの民族衣装 (2004/06/10(Thu) 17:54:15)

みみこ > 初めまして、耳子です!宿題でロシアの事調べててこの日記を、発見しちゃいました!あたしもロシアいきたいな。誰かロシアの民族衣装の作り方知ってる人いませんか? (2004/06/10(Thu) 17:57:03)

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[75] ロシア交流17
8月13日(火)その1

朝、ナオカはまだ熱がある。食欲もないようだ。今日もお留守番だろうか?。たしか今日はギッパパーティがあるはずだが、これでは参加できなくなっても仕方がない。

Alina が出かけるというので、私と、タカト、ナオカ、Tanya が一緒に付いていくことにする。またまたバスに乗って(ロシアのバスには少し詳しくなったかも)、ウスリースク中心街に行く。ロシアの一般的な宗教はロシア正教で、ウスリースクの中心にも大きな教会がある。今までは外から眺めるばかりだったが、今日はその中に入った。

ウスリースクの教会
ウスリースクの中央教会

本堂のわきの建物に入る。中にはカウンターがあり、イコンや、聖歌のCDや、本がいっぱい売っている。Alina はカウンタの人とあれやこれや交渉しているので、私たちは店内を眺めていた。話が長くなりそうなので、飽き始めた子どもたちをつれて外に出て周りを眺めていると、教会の鐘が鳴り出した。ちょうど昼の鐘のようだ。修道尼の鳴らす鐘を聞いていると、Alina がその店から出てきた。

Alina に連れだって、今度は本堂に入る。入り口で、Alina がそこに用意されていたスカーフを取ると、モエに被せた。Alina も被り、みんなで入ろうとしたら、脇にいた人が、タカトは入ってはだめだ、みたいなことを言う。どうやらタカトの半袖がだめなようだ(私は長袖だった)。仕方がないのでタカトに「ここで待っていなさい」と言って Alina に付いていく。でも、そのすぐ後、タカトも走って私たちのところにやってきた。子どもだから大目に見てくれたのか、勝手に入ってきたのか?。

教会は広くなく、入り口から礼拝するところまではそんなに離れていない。聖母マリアとキリストの絵の前で、Alina が祈りはじめたので、私は手を合わせてお辞儀をする(仏教式 (^^; )。祈りはすぐ終わり、私たちは外に出た。

その後、Alex と合流し、車に乗って出かける。実は今日は、Alinaのお父さんの命日なのだと言う。しかもまだ1周忌なのだそうだ。お悔やみを言いたいが、ロシア語で言えるわけもなく、「おぉ」と嘆く以外ない。これから墓参りに行くという。車は郊外に差し掛かり、森に近づいた頃、お墓が見えてきた。車はどんどん奥に行くが、森の中にお墓がたくさん並んでいる。

だいぶ奥に行ったところで、車から降りて少し歩く。そこに Alina のお父さんのお墓があった。大きな土盛りの橋に墓石が立ててあり、陶器に印刷した写真が飾ってある。ロシアのお墓はみな写真が飾ってあるようだ。来る途中で買った花とお菓子を供えて、Alina が祈っていた。お供えのお菓子をお下がりとしてくれたので、ちょっと食べる。

Alina のお父さんのお墓

家に帰ってから昼食の時間になったのだが、なんとボルシチが出てきた。うーん、いったいいつ作ったのだろう?。簡単に作れる物ではないと思うのだが。サワークリーム(ロシア語で何というのだっけ?)の代わりに、マヨネーズを入れた。なるほど、それが Alina 家族の味なのだ。フクースナなのでお代わりをしてまで食べてしまった。



ホーマー > 冬のしきたり。男はシャプカを脱ぐ。女性は被ったままでOKでした。 (2002/12/20(Fri) 16:02:16)

あっそマン > シャプカというのがあの帽子の事ね。 (2002/12/21(Sat) 13:26:07)

ホーマー > 私も、ウラジオの墓地へ行ってきました。墓標に刻んである生存年月は、50〜60年位が多かった。 (2002/12/25(Wed) 12:53:14)

あっそマン > そこまでは気が回らなかったなぁ。やはり厳しい自然・国情の中では短命なのでしょうね。 (2002/12/31(Tue) 10:17:32)

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[74] ロシア交流16
8月12日(月)その3

その後、Alex とまた合流する。Alex は、この私たちのスティの間は、呼ばれたときだけ事務所に顔を出せばよいように、仕事の手はずを整えていたらしい。夏休み、というわけでもないようだ。でも、おかげで私たちに長くつきあってくれた。

次に行ったのが、Alex のパパ、ママの家なのだが、車はウスリースクの中央広場に入り、そこに面したアパートの脇に止まる。背の高いアパートの「7階」がその家だ。長い階段は暗いが、家の中にはいると明るく華やかなのはどこでも同じ。Alex のパパの家にはいると、ご両親が迎えてくれた。とても優しそうなお父さんとお母さんだ。

さっそく応接間に通されたのだが、お父さんがベランダの方に手招きをする。近づいたら、窓から中央広場が見えた。パパは「スマトリー、スマトリー」と、しきりと外を見るように誘う。窓からは、広場が一望できて、とても眺めがよい。そのうち、ガラスを開けて、窓枠に張ってあった網戸を、パパがはずしだした。網戸と言っても、窓枠にレースのカーテンが張ってあるのだが、その「枠」ごとはずそうとしたのだ。

パパは何度か手ではずそうとしたが、よく見ると釘で止めてあるようで、なかなかはずれない。そのうち、パパは釘抜きを持ってきて、ゴリゴリと窓枠をはずしだした。無事にはずしてしまうと、パパは誇らしげに「スマトリー!」と言った。どうやら、ウスリースク中央広場に面した、眺めのよい景色がパパの自慢らしい。何度も「ハラッショ」と言いながら写真を撮って、しばらく楽しんだ。

ソファに座ると、今度はパパが図鑑を持ち出してきた。宝石・鉱物の図鑑である。パパは一生懸命説明してくれる。あまり鉱物には詳しくなかったのが残念だが、中に、Alina に土産として私がもらった「アメジスト」があったので、「エタ マヤ ルースキー パダルキー」と言いながら、アメジストのキーホルダーを見せると、パパはすごく喜んでいた。

ここで不覚にも、残りの説明を聞いているうちに、私は眠たくなり、ついつい瞬間的に「コックリ」としてしまった(なんと失礼な! (^^; )。すると、それを見たパパはすかさず、「眠たいならここで寝なさい」といいながら、ママに毛布を出してもらい、応接間の床に敷いてくれた (^^;。さあ、さあ、寝なさい、という具合でパパは言う。まあ、人に勧められたら、基本的には拒まないのが私の性癖なので、遠慮せずに寝させてもらう。

1時間ぐらい寝ていただろうか。帰る頃になって起こされた。そのあいだ、へばちゃんはパパやママと話したり、家の中を見せてもらったらしい。写真は残っているのでここに掲載しておく。

アレックスのパパとママ
Alex のパーパチカとマーマチカ

たくさんの瓶詰め
たくさんの瓶詰め

この瓶詰めの保存食、自分は見られなかったのは残念。

マーマチカが用意してくれたピロシキの材料を、家に帰って Alina、へばちゃんが作った。タカト、ナオカは寝ていたので参加せず。フライパンに少しの油で揚げるのだが、膨れ上がって、かなり大きいピロシキができた。以前、ヒッポの「ロシア料理を作る会」の時に見たピロシキは、割と小さかったが、このピロシキは菓子パンほどある。中身の具は、肉を炒めた物、野菜炒め、リンゴジャムの3種類である。まともに3個食べると胸焼けがしそうなので、分けて食べた。どれもとてもおいしい。

子どもたちの熱も、大方下がったようだ。後から考えると、畑の作物をそのまま食べさせたりしたことや、オグリッツァをいっぱい食べていたことが良くなかったのかもしれない。このあたり、気をつけなければならないことではあるが、せっかくホストが勧めてくれるのに、むげに断るわけにもいかない。難しいところだ。日頃から胃腸を鍛えておく必要がありそうだ (^^;。

私は Alex にロシア語を教えてもらい、へばちゃんは Alina と Tanya に日本語を教えていた。子どもたちは Sasha に遊んでもらっているようだ。思い思いに、のんびりと過ごしながら、私たちはロシアスティを十分堪能していた。


あっそマン > ちょっとしか居られなかったけれど(しかも寝ていた (^^; )、このパーパチカ、マーマチカの所にスティしたら、毎日「ダバイクーシェ!」の世界だったろうなぁ。 (2002/12/16(Mon) 12:38:15)

モニカ > 私の父も、いつでも、どこでも(会議中でも)寝られる人だけれど(^_^;)良いよねえ〜♪あまり、疲れが溜まらないみたいよ。♪♪(^.^) (2002/12/16(Mon) 13:53:06)

あっそマン > 寝るのは割とどこでも寝られるが、朝起こされるともう寝られないタイプ (^^)。 (2002/12/17(Tue) 08:05:45)

あっそマン > 今日次のをアップしようと思ったが・・・、時間なくなった (ii) (2002/12/19(Thu) 12:15:17)

ホーマー > あのガラスビンの中のオグリッツア、旨いんだよなー!冬に行く人は食べれるじょ。 (2002/12/19(Thu) 18:13:53)

あっそマン > 即席漬けのオグリッツァもおいしかったが、瓶詰めのも食べたいよぉ! (2002/12/21(Sat) 13:27:00)

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[73] ロシア交流15
8月12日(月)その2

少し郊外に向かって歩いていくと、長い塀のある建物についた。Alina のつとめる学校だ。庭を通って建物に入る。誰もいないのかと思ったら先生方が何人もいた。ちょっと挨拶してから、Alina に案内してもらう。英語教室、コンピュータ実習室、卓球台のある部屋、アスレチックジムもあった。冬場は外に出られないので、ここで運動するのだろう。壁に子どもたちの書いた絵が貼ってある。在校生の集合写真もあった。集合写真と言っても日本のように整然と並んでいるわけではなく、みんな思い思いの格好で集まっている。「大学生?」と思うような大人びた子どもたちばかりだが、みんな中学生だろうなぁ(まさか小学生ではないだろうが・・・)。

子どもたちの絵
子どもたちの絵

案内が終わって講堂のような部屋に行くと、テーブルの上にいろいろな料理が並んでいる。パーティでもあるのだろうか?。そのうち他の先生が集まってきた。今日は誕生日のパーティがあるのだそうだ。私たちも末席に連なることにした。上座にいる Natasha という先生の誕生日パーティであった。

料理はすべて手作りで、持ち寄りのようだ。ワインやウォトカもある。どれもおいしい。伝統料理というよりは、今風のロシア料理、という感じだ。ヒッポでも持ち寄りパーティをよくやるが、今日の持ち寄りは今までで最高の物の一つだ(私たちは何も持ち寄らなかったが (^^; )。

誕生日パーティ
誕生日パーティ

そのうち、乾杯が始まったのだが、まず誰かが立って、Natasha にお祝いの言葉を言う。そして乾杯したあと、みんな食べたり飲んだり話したりする。しばらくするとまた誰かが立って、お祝いの言葉・乾杯、これが繰り返された。そのうち、私にも「乾杯の挨拶をしてよ」とお鉢が回ってきた。「ヤ、ニエット ガバリュー パルスキー」と言うと、「イッポンスキー、ニチョア」と言われた。

そこで、グラスを持って、「ナターシャさん、お誕生日おめでとうございます。ナターシャさんのこれからのご活躍とご多幸を祈って、乾杯!」と日本語でやったのだが、「乾杯」という音が「ダズダロービア」だ、と言っておかなかったので、みんな乾杯のタイミングを逃してしまったようだ (^^;。

お祝いを言う
お祝いの言葉を言う。

先生はほとんどが女性で、男性は一人しかいなかった。へばちゃんは家族紹介アルバムを Natasha やその娘さんに見せている。Alina が「Yoko 家族がスティにきて、アルバムをいろんな人に見せている」とみんなに話していた。私たちは、日本からのちょっとした土産として、いろいろなお菓子を袋に詰めて、口をモールで縛ったものを Natasha に贈呈した。最後に、Natasha がみんなに感謝の気持ちを込めて挨拶した。

料理はおいしいし、みんな和気あいあいと話している。こんな楽しい誕生日パーティは、恥ずかしながら日本では一度しか経験したことがない(それも他人の誕生日だった)。後になればなるほど、あんな素敵なパーティが当たり前なのがうらやましくなってくる。


ホーマー > こんな時は、ロシフア海軍式「美人のために乾杯」だね。 (2002/12/18(Wed) 12:32:11)

あっそマン > 女性ばかりだったからね、「全ての美人のために乾杯」かな?。 (2002/12/21(Sat) 13:28:01)

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[70] ロシア交流14
8月12日(月)

朝、まだナオカには熱がある。何かに当たったか、食べ過ぎか?。さすがにつれて歩くわけには行かないので、ナオカとへばちゃん、Sasha と Tanya が家で留守番する。

Alina と私、タカト、モエで、ワンボックスバスに乗って出かける。バスはウスリースクではとても重要な庶民の足である。どこのバス停でもだいたい誰かが待っている。昨日ダーチャに行ったときは、ダーチャへの道沿いのバス停には大勢の人が待っていた。ダーチャ村は森の中にあるのだが、大きなバスが通っていて、しかも満員だった。日曜日にはダーチャで家庭菜園や農作業、という人も多いのだろう。

町中を見ていると自伝車に乗った子どもたちがいた。日本のような、オフロードタイプ(明らかに子供用だったが)の自転車だった。そういう物があるとは思わなかったので新鮮だ。まさか日本の中古ではないだろうとは思うが。

Alina に、ロシアのマーケットに行きたいか、キタイのマーケットに行きたいか聞かれる。そろそろ土産も選びたいが、まずは中国マーケットに行きたいと言った。町中を歩いて、キタイのマーケットに行く。中国系の人ばかりかと思いきや、ロシアの人も店番をしたりしているようだ。タカトがだるそうだ。タカトも風邪を引いたのだろうか?。

途中、Alex と落ち合い、さらにブラブラと市場をうろつく。冬場にかぶる毛皮の帽子を売っている店があった(名前なんだっけ?)。値段は結構高い(まあ、日本に比べれば安いが)。ちょっと眺めていたが、やっぱり買うのは次に「冬にロシアに来たとき」だよなあ、と思って買わなかった。代わりに、子どもたちの土産おもちゃ(と言っても私たちの子ども用なのだが)を買う必要があった。ナオカとモエは小さいマトリョーシカが欲しいと言っていたので後で買おうと思っていたが、タカトがなかなか決められない。さんざん選んで買ったら気が抜けたのか、しきりに「だるいだるい」を連発する。どうもタカトも熱があるようだ。

Alex の車で帰って、家で計るとやはりタカトも熱がある。もっとも家では元気におもちゃで遊びだしたのだが。ナオカもテレビを見たりパソコンゲームをやっていたらしい。熱はあるが元気そうだ。その後、Alina が用事があって出かけるというので、どうしようかと思ったが、Sasha と Tanya がタカトとナオカを見ていてくれる、というので、それに甘えて、私と、へばちゃん、モエでついていくことにした。

まずはロシアの土産、と思い、私の母にロシアの服など、と思ったが、服を買うのは別の店の方がよいらしい。ショッピングセンターの中を歩き、服を見ていたが、しゃれたセーターやマフラーは、日本円で数千円する。いずれも手作りらしく「私が作ったんです」と店員さんが言っていたが、買えずじまい。そりゃあ、日本と比べれば安いのだが・・・。服はそこではあきらめ、子どもたちのために、小さいマトリョーシカを買う。マトリョーシカはいっぱい売っていて、大きさ、色合い、装飾の細かさなどで、ピンからキリまであった。

買い物が終わると、Alex と別れ、私たちは歩き出した。


サーニン > お、日記再開してますね♪掲示板がないとさみしいよぉ…。 (2002/12/12(Thu) 22:25:46)

モニカ > 珍しいねえ〜♪あっそマンが字間違えるなんてヘ(^^ヘ)(ノ^^)ノふふふ自伝車・・・ (2002/12/12(Thu) 22:32:15)

あっそマン > 自伝を奏でながら人生最後に乗る車(意味不明)・・・というわけではなく、名古屋・尾張では「自転車」を発音すると、「じでんしゃ」になるよね! (^^; (2002/12/13(Fri) 00:13:15)

モニカ > 「自伝を奏でながら人生最後に乗る車」・・・いいねえ♪文学の臭いがするわ♪♪(^.^) (2002/12/13(Fri) 12:20:20)

あっそマン > いやー、後から「これは霊柩車のことだよなぁ」と思ってしまった (^^;。 (2002/12/13(Fri) 20:25:48)

リボン@伊勢 > 私の友達は、小さい頃霊柩車をキャンピングカーと間違えて憧れてたわ・・・。当時とっても乗りたがってた(爆) (2002/12/16(Mon) 00:37:05)

やなさん > 霊柩車は人生終了直後に乗る車だから、人生最後(生きてるうち)に乗るのは、やっぱり救急車かなぁ(笑)?でも人によっては自転車もありだよなぁ (2002/12/16(Mon) 11:37:49)

あっそマン > 屋根もあって、立派なおうちのようだものねぇ。 (2002/12/16(Mon) 12:10:23)

キミー > 半年まえ、マクドナルドのドライブスルーに入る霊柩車を見てしまった。(@@)お忙しいのかな、と同情した。 (2002/12/16(Mon) 15:19:48)

キミー > リボンちゃんのコメントがあったものだから…すみません、これから日記は読みます。とっても久しぶりですね。(何しにきたんだ?!) (2002/12/16(Mon) 15:20:50)

あっそマン > うーん、天井がつっかえなかったのだろうか。心配だ・・・ (^^; (2002/12/17(Tue) 08:03:55)

キミー > 天井…高かったみたいだよ。ダンプカーのおじさんも時々買うじゃない?<マック (2002/12/19(Thu) 01:16:02)

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[69] ロシア交流13
8月11日(日)その2

アパートについて、階段を上ろうとしたら、Alina が「Sasha、Sasha!」と言って、家ではなく、外の方を指さしていた。そちらを見ると、Sasha が手招きしている。どうやら私には家に帰るのではなく、別の用事があるようだ。Sasha についていくと、アパート脇の倉庫棟の方に入っていく。奥の方に Alex が待っていて、その脇には2トンサイズで幌付きの青いトラックがあった。どうやらこれに乗って出かけるらしい。「パイジョン」と言われて、助手席に乗って出かける。トラックはダブルキャブ車であって、Sasha は後ろの席に乗った。

しばらく町中を走っていたが、そのうち未舗装の道路をトラックは走りだした。そして町からはずれ、畑地帯(見た感じは全部が畑と言うわけではなく、畑と空き地が混じったようなところだ)を走っていく。車は大きく揺れるが、Alex も Sasha も慣れたものだ。夏場には、このトラックに食料や寝具などをいっぱい積み込んで、ダーチャに行ったり、キャンプに行ったりする、とパパが教えてくれた。

そのうち一つの畑の前に止まった。そこに人が待っていたのだが、Alex の叔父だという。「ドゥラスミーチェ」という挨拶もそこそこに、そこに置かれていたジャガイモの入った土嚢袋をトラックに積み込むのを手伝う。20袋ほどあっただろうか。叔父の自転車も車に積み込む。叔父も車に乗り込んで、もと来た道を走りだした。

揺れる車に乗りながら周りを見回してみる。町の方には家がいっぱいあるのだが、反対側は一面の畑&荒れ地で、地平線まで続いている。乗っているトラックは日本の中古車だが(フロントガラスには日本の車検シールが貼ってあったりする)いったん外に目を向けると、町と原野が釣り合いながら並んでいるのだ。ぼーっと見とれながら乗っていると、車は町には戻らず、ずっと未舗装道路を走っていく。

しばらく行って、大きな倉庫棟についた。大きいと言っても平屋であり「倉庫の長屋」というとイメージがつかめるだろうか。でっかい南京錠を開け、ごついかんぬきをずらしながら、叔父が扉を開ける。そこに運んできたジャガイモを袋から出して積み上げる。冬場の食料なのだろうか?。でもこのままではすべて凍り付いてしまいそうだが、良いのだろうか?。車から全部出し終わると、再度かんぬきを締め、南京錠を掛ける。何事もロシアでは、規模が大きい。

叔父の倉庫

再度車に乗った。野原の中の道路だから、でかい水たまりがあったり(あの大きさの物は、たぶんヤマとは言わないのではないか)する。パパは慎重にトラックを走らす。次第に郊外の工場地帯になる。なんでも農業関係の工場(化学肥料か?)ということなのだが、誰もいない。閉鎖された工場もあった。いずれもソビエト時代の遺物かもしれない。

帰り際、町中の小さい小屋に寄って、自転車を下ろし、叔父とは分かれた。

家に帰ると、へばちゃんと Alina はペリメニを作っている。昨日来た Natasha もいる。子どもたちも一生懸命作っていて、楽しそうだ。できあがったペリメニには、バターを落として食べる。塩味が効いて、うまい。結構皮の厚いペリメニだ。どうやら Alina の家では皮が厚めのペリメニを作るようだ。

ペリメニ作り1

ペリメニ作り2

Natasha は、ジャムがたっぷり入った大きな飾りパンも持ってきていた。これはおいしそう!。ロシアの人は家で料理を作って食べるのが日常的らしいから、みんな上手みたいだ。でも、へばちゃんと私は遠慮して、端っこの方を食べようとしたので、Natasha が「真ん中の方がジャムが多いから真ん中を食べなさい」と言ってくれた。私たちがいるということで、わざわざ作って持ってきてくれたようだ。ロシアの人たちの暖かいもてなしが、本当に嬉しかった。

夜になって、ナオカが熱を出した。結構熱い。体温を測ると38度ある。これはちょっと困ったことになった。とりあえず日本から持ってきた薬を飲ませて、ゆっくりと(といっても熱があっても元気でうるさいのだが)休ませた。


ホーマー > ペルメニ作ったんだ。ウチは、冷凍室にいっぱい入ってた。だから、作り方は、ニェ ズナーユ! (2002/12/10(Tue) 13:06:40)

あっそマン > へばちゃんは参加していたから、分かるかな? (2002/12/11(Wed) 07:58:18)

モニカ > 写真だと中に何か入れているようだけど、お肉?(ペルメニ) (2002/12/12(Thu) 10:07:36)

へばちゃん > ミャーサ、ルゥーク、チスノーワク(みじん切り)+塩、こしょう、牛乳、油をいれムノーガこねた物を中に入れましたよ。 (2002/12/18(Wed) 22:27:06)

ホーマー > 皮は、手で伸ばした?それとも丸い型で抜いた?みじん切りにしたモノってシトー? (2002/12/19(Thu) 18:16:37)

へばちゃん > ルゥークもみじん切りしたんだけどね。 (2002/12/19(Thu) 23:32:11)

へばちゃん > 皮はめん棒で伸ばしました。結構厚めでした。子どももやっているからね〜。そのおかげで(?)あまりたくさんは食べられなかったです。 (2002/12/19(Thu) 23:35:57)

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[68] ロシア交流12
8月11日(日)その1

たくさん飲んだにもかかわらず、翌日は二日酔いはなかった。富山のホーマーにもらった黒丸が効いたのか、それともたっぷり寝られるせいだろうか。朝御飯は、昨日の残りカレーを、小さいパスタにかけた「カレーパスタ」だった。おいしかった。Alina のアイデアだった。ハラッショ。

この日は海に出かけるという。Alina が出かける前に「アジン、パイジョンスヴェータムドーマ、パトン、パシリ モーリエ、パトン・・・・」とか言ってその日の予定を話してくれるのだが「パトン」が何度もでてくるのですぐ覚えてしまった。大きなペットボトル(形はメキシコと同じだ)から水を汲んで小さいボトルに詰めたり、水着を準備して出かける。

最初に、昨日も行った Svetam の家に出かける。家には上がらず、車の中で待っていると Masha が出てきた。彼女も一緒に海に出かけるようだ。車はシートが3列あるが、真ん中列にタカトと Sasha Tanya Masha の4人が乗るとさすがに窮屈そうだ。

車は昨日、滝に向かったのと同じ方向に走る。途中から分かれてさらに走る。ウスリースクから海までは車で2時間ほどだろうか。ウラジオストックが近づいてくると幹線道路にも車が増えてきた。道路の上に架線がかかっているので何かと思ってみると、トロリーバスだった。エコロジーに配慮した町づくり・・・ではなく、単純に古いものがまだ残っている、ということだろうなぁ。

幹線から海岸に出る道に入ったとたん渋滞となる。海辺が混むのはどこでも同じだ。駐車場ももちろん混んでいる。何とか車を止めて、中で着替える。海岸はかなりひろい。内海(愛知県の大きな海水浴場)よりは少し短いぐらい。ビーチにも人が大勢いる。

ウラジオストックの海
ウラジオストックの海

さっそく海に入ったが、あまり水がきれいではない。おまけに冷たい。Alex に言わせると「今日は20度ぐらいでちょうどよい。18度だと冷たいね」ということなのだが、「日本の海はもっと暖かい。日本人にはホーランドだ!」と言っておいた。子どもたちはあまりに冷たいので、早々に出てしまったが、ロシアの子たちは強い。ずっと遊んでいる。私も一旦は出たのだが、風が強くて外にいても寒いので、また水に入って子どもたちと遊ぶ。ちなみにへばちゃんと Alina は、水に入らなかった。Alina にとっても、冷たい水はだめらしい。

見ると、海水浴にきた人の大半は、ビーチの上で寝そべっている。ロシアの女性は、ほとんどがビキニ姿である。なかなか壮観な眺めだ。中にはトップレスの人もいて、目のやり場に困る (^^; 。Alex 家族は、夏には毎週のように海水浴に来るらしい。ただ今年は天候が悪く、今日が3回目と言うことだった。ロシアの人にとってはポピュラーな夏のレジャーなのだろうか。

途中で切り上げて、車に戻って昼食をとる。といってももう2時すぎていたが。Alina が朝作っていたローストチキンとカルトーシキを食べる。昨日とってきたオグリッツアもある。屋外で食べるとまたおいしい。味付けは「塩」だけなのだが、素朴な味わいがいいのだろうか。それからアルブース(スイカ)をたべる。タカトやナオカが喜んでいっぱい食べた。

帰りの車の中では、子どもたちがよく話した。海に行ったから、と言うことで海の歌を歌っていた。お返しに Sasha や Tanya も海の歌を歌ってくれる。意味はよくわからなかったが、子どもたちが積極的に歌っているのが、とてもうれしかった。



ホーマー > 流石!「世界に広まる黒丸」ロシア人にとって、夏の日焼けはステイタスシンボルなのだ。日焼けはどうだった?私ゃむちゃくちゃ日焼けした。 (2002/12/10(Tue) 12:34:27)

あっそマン > 滞在が3時間ほどと短かったから、日焼けするまでもなく終わってしまった。残念。風が強くて寒かったのもあるが。一緒に行った男爵は、丸一日いたから、やっぱり日焼けで大変だったそうな。 (2002/12/11(Wed) 07:59:40)

まさぜん > アメリカでも感じてたけど、白人って、寒さ(冷たさ)に異常に強いような気がする。雪降ってても、Tシャツ+半ズボンだったりする人もいるからねー。 (2002/12/30(Mon) 17:43:46)

あっそマン > > 雪降ってても、Tシャツ+半ズボンだったりする人もいるからねー。  <そこまでは行かないが、南方系の国の人でも、寒さに強い人は結構いるよねー。 (2002/12/31(Tue) 10:19:15)

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[67] ロシア交流11
8月10日(土)その3

この日帰ってきたのは夕方5時ぐらいだったが、夕食の準備はこれから始めるようだった。へばちゃんが「日本から持ってきた料理を作ろうよ」と提案して、Alina に話す。Alina がOKを出してくれたので、作ることにする。

メニューはカレーライス。ご飯は生米を持ってきたので、お鍋で炊かないといけない。ジャガイモ、人参、タマネギを出してもらう。お肉はミンチ肉があったのでそれを使う。カレーの方はへばちゃんが担当し、私はご飯を炊く。

コンロは電気コンロで、電磁調理器のような使いやすいものではなく、昔ながらの「ヒーター」だ。火力の調整はできるが、具合が良くわからない。お米を研いでコンロにかけたが、なかなか湯が沸かない。だいぶ経ってから沸騰してきたのでヒータのつまみを弱めたのだが、火力はなかなか弱くならない。調整が結構難しい。しかし、水加減さえ気をつければ炊けるものだ。何度もふたを開けて中を覗いていたのにも関わらず、上手にご飯が炊けた。

(生米1に対して水1.2と覚えておいて、生米と水を必ず同じ器ではかって入れれば、米はうまく炊けるものだなぁ。)

へばちゃんのカレーも、少しとろみが足りなかったが上手にできた。他に Alina がいくつかおかずを出してくれて、食事となった。ロシアの家族もみんなおいしそうにカレーライスを食べてくれる。さすが、「どこに持っていっても大丈夫」と言われる日本のカレーだけある。もっとも、一番よく食べたのは我が家の子どもたちだったが。

食事をしてしばらくすると、誰かが訪ねてきた。Natasha という女性で、Alina の ドゥルージアということだった。彼女はワインを持ってきた。どうやら飲める人のようだ。ということで、私も飲むことにする。毎日夜にウォトカを小さいグラスに1杯ほど飲んでいたが、この日はもう少し飲もう。ヘバちゃんが Natasha に家族アルバムを見せたりする。カレーライスも食べてくれて、フクースナと言ってくれた。

確か数杯のウォトカを飲んだと思うのだが、実は不覚にもある時点から記憶がなくなってしまったのだ。気づいたのは翌朝だったのだが、帰国して、写真を現像してから驚いた。この晩の写真が残っていたのだ。へばちゃんによると「Alina と Natasha と一緒に、『ワニのゲーナ』の歌を歌っているところ」らしい。「楽しそうに歌ったり、踊ったりしてはしゃいでいたよ」というのだが、まるっきり覚えていない。

Alina と Natasha と
Alina と Natasha と「ワニのゲーナ」を歌っているらしい。

以前、メキシコにホームスティに行く前も「飲み過ぎて記憶がなくなったらイヤだなぁ」と思っていた。幸か不幸か、メキシコでは誰も飲まない家にスティしたので心配事は杞憂に終わった。次がこのロシア交流なのだが、メキシコの「テキーラ」に対してロシアには「ウォトカ」がある。やっぱり行く前に心配になって、調査票にはお酒のことはいっさい書かなかった(さすがに「酒は嫌いだ」とまでは書かなかったが)。またまた幸か不幸か、飲まない Alex のところにスティになって、Alina 相手にちょっとたしなむ程度ですませていたのに、気を緩めればすぐにこんな状態だ。

次はイスラム圏に行く方がいいかもしれない。


モニカ > 私は小学校の時に二日酔いになって以来、正体を無くすまで飲んだことが無く、かえって、羨ましいです(^_^;)ぱあ〜っと厭なこと忘れて飲んでみたいよ・・・。(-_-;) (2002/12/09(Mon) 10:31:40)

あっそマン > まさか、「正体を無くすことなくいくらでも飲めるようになった」という事ではないよね? (2002/12/09(Mon) 22:11:53)

モニカ > ほほほっ(^.^)まさかねえ〜♪ (2002/12/10(Tue) 09:42:49)

ホーマー > なんでも「一生懸命」が良いのです。酔って記憶が飛んだのは、この頃から緊張しなくなっているのかもしれない。緊張していたら酔えないモンネ。 (2002/12/10(Tue) 12:47:35)

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[62] ロシア交流10
8月10日(土)その2

森の入り口まで戻って車に乗る前に、Alex が「ダーチャに行く」と言った。「ダーチャ!」。前々から、ロシア交流の折りには、ダーチャにはぜひ行ってみたい、と思っていた。私が事前にロシアに送った「調査票」にも「ヤハチュー ダーチャ」と書いたはずだ。他のメンバーの報告を読んでも、ダーチャに行って楽しかったという話がいくつも出てくる。ロシア名物「ダーチャ」は、日本語だと「別荘」と訳されるが、一般の人の所有するダーチャは、まあ、小屋みたいな物だ、という話も聞いた。でも、だいたいの家庭にはダーチャがあるとも聞く。どんな物なのだろうか。ワクワクしながら車に乗っていた。

ウスリースクの町中まで戻り、それから少し郊外に向かった。舗装されていない道路になって、森が迫ってきた。ダーチャは町中にもあるのだが、Alina のマーマチカ、マーシャのダーチャはどうやら森の中らしい。

かなり奥まで走ってから、やっと到着。Sasha がゲートを開けて、草ぼうぼうの駐車場に車を入れる。マーシャのダーチャは2階建ての大きなダーチャだった。よそのダーチャはだいたいが1階建てのようだから、これは大きな方だろう。煉瓦造りのダーチャは、私にとっては異世界というか(ロシアそのものがまだまだ異世界なのだが)、あちこち探検したり覗き込んだりしたくなるような、興奮するような世界に思えた。

マーシャのダーチャ
2階建ての大きなダーチャ

(私が人の車に乗ったとき、勝手にダッシュボードを開けたり小物入れを覗いたりする、ということを知っている人がいると思うが(失礼なヤツだなぁ (^^; )、「あれをずーっと大きくした気持ち」だった。実は Alina のアパートでも、玄関の外にあった配電盤をついつい覗いてしまった。自分の仕事とも少し関係することなので興味があったのだが、結果は「お、おお!。こ、これがロシアか!」と驚愕する物だった。写真を撮ってこなかったのが残念。)

一階には部屋が2つある。一つは物置に使ってあるだけなのだが(ここもしっかり覗いた (^^) )、もう一部屋が団らんや食事の場所だ。部屋の半分を占めるほどの巨大な暖炉(ペチカ)がある。あとは長いテーブルとベンチがあり、本がいくつも並んでいる。食器棚や、洗面台もある。明かりをつけたがちょっと薄暗い。でもここで食事をしたり団らんしたら面白そうである。日本の山小屋の雰囲気もある。

踏み板が外れそうな階段を上ると、二階はフロア全体が一室となっていた。片側にはベッドが二つあり、その脇にはブランコがぶら下がっていた。反対側にはビリヤード台があり、オイルタンクがある。一階のペチカの煙突が、太い柱のように延びて屋根を突き抜けている。二階からはベランダに出ることができ、そこから眺めると畑全体が見渡せる。境界がはっきりしないので、どこまでがマーシャの畑かわからないが、約2反ほどだろうか。

Alina とへばちゃんが外に出て、畑からオグリッツア(キュウリ)を採り始めた。その後、Alina が子ども達を呼んで、小さな木になっている赤い実を食べてもいい、と言った。「スグリ」という実だそうだ。今朝、家で飲んだ手作りソークは、この実を摘んでつけ込んだ物らしい。酸味が強い。その後、ポミドーロ(トマト)をとったり、カルトーシキ(ジャガイモ)を掘ったりした。子ども達は興奮気味だ。土は真っ黒でよく肥えたものだった。

オグリッツアの収穫中
畑のオグリッツアを収穫中

採ったオグリッツアは、ダーチャの中で洗って塩をつけて食べた。うまい!。キュウリの形は日本の物と比べるとずんぐりむっくりだが、味はよかった。久々にうまいキュウリを食べたような気がする。


ホーマー > c4c4< (2002/09/18(Wed) 19:18:53)

ホーマー > そうなんだなナー!ロシアの野菜の味は、総て昔 懐かしい味がした。 (2002/09/18(Wed) 19:19:57)

あっそマン > 日本でキュウリなんかそんなに喜んで食べたことはなかった子ども達が、バリバリ食べていたからねー。いつもお菓子の食べ過ぎでおなかがいっぱいなのに。 (2002/09/18(Wed) 19:53:08)

あんまま > えーそんなおいしいキュウリなの。あんなでっかいのが。 (2002/09/19(Thu) 08:43:00)

あっそマン > あの短く太いキュウリが、おいしいのよ。日本のとは種類が違うのもあるだろうし、一部黄色くなるまで熟させるのもあるのでしょう。もう少し黄色くなってしまった物は、塩をふって即席漬けにしていました。 (2002/09/20(Fri) 10:05:50)

ホーマー > ずんぐりむっくりのオグリッツァで、夏に漬け込んで冬にピクルスになるのだ。これも超ウマイ!一気に3本食べたら、姉が目を白黒させてた。 (2002/09/20(Fri) 12:51:53)

やなさん > ロシアの配電盤、見えるような気がする。この前テレビでやってたけど、ロシアの電気料金って自己申告制なんだってね。 (2002/09/20(Fri) 17:30:14)

あっそマン > いやー。「ロシアの配電盤」はロシアの配電盤です。ヒント。「空中配線」(あ、雰囲気分かった?)。それにしても「自己申告制」の電気料金って何だ?。そりゃあ、電気メータには気づかなかったが、交流行って「メーターはどこかな?」って見ることは、ないから、詳細不明なのだよね (^^; (2002/09/20(Fri) 22:59:20)

あーみん > あの、ダーチャってことば、CDにでてこない?真ん中の手紙あたりに、そう聞こえるところがあるような気がするんだけど。でもダーチャのわけないか・・・。 (2002/09/23(Mon) 08:58:15)

あっそマン > いやー、実は私も時々気づくのだが「ダーチャは出てこないよなあ」と思いながら、しっかり把握していない・・・。 (2002/09/24(Tue) 15:09:21)

やなさん > あ、予想通りだ(笑)<「空中配線」 (2002/09/24(Tue) 17:37:54)

やなさん > もうそろそろ日本に帰ってこないの? (2002/10/11(Fri) 16:02:37)

あっそマン > 腹こわしてロシア滞在中 (^^; (2002/10/12(Sat) 08:27:26)

リボン@伊勢 > 続き求ム!(笑) (2002/10/20(Sun) 09:57:19)

モニカ > みーとぅー♪(^.^) (2002/10/21(Mon) 12:35:27)

あっそマン > アッパラパッポヨ!。でももう1ヶ月以上経っているなぁ (^^;。 (2002/10/22(Tue) 07:44:28)

あっそマン > まんず読みかえさんとあかんわねぇ (^^)。 (2002/10/22(Tue) 23:46:47)

のっこ > トゥィ ニェ ホーチェシ ダモイ? (2002/10/25(Fri) 01:32:07)

あっそマン > ヤ すでに ダモイ。今度は風邪引きさん (^^;。いろんな人に「続きは!」と言われて、すごい嬉しいです(って、早くかけよ (^^; ) (2002/10/28(Mon) 08:10:32)

のっこ > ダー。トゥイ ウジェ ドーマ。交流話の続き、パジャールスタ。ヤ ハチュー チタッチ あっそマン話。オーチン インチェレースナ。お腹こわして潜伏期間*ヶ月のロシア風邪?お大事に。  (2002/11/01(Fri) 00:09:30)

あっそマン > 来週、マレーシア短期出張日記が間に入ります (^^;。 (2002/11/01(Fri) 08:28:48)

あんまま > レスばかり伸びてきてー (2002/11/04(Mon) 10:20:32)

873 > しまいにゃレスが日記より長くなるかも(笑) (2002/11/05(Tue) 18:16:28)

873 > おまけにもうすぐ冬の交流隊がロシアに出発ー!(ぷっしゅぷっしゅ) (2002/11/05(Tue) 18:19:48)

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[61] ロシア交流9
ウスリースクでは至る所で人がものを売っている。

町の中心にはテナント入りビルがあり、そこではちゃんとした構えの店がある。ガラスのショーケースに飾られて商品が並べられている。対面販売ばかりで、「スーパーマーケット」式の後からまとめてお金を払う店は(私の行った範囲では)なかった。ウラジオストックにはスーパー形式の店があるらしいが。

雑多な店が集まる市場もある。中国系商人の市場や、ロシア系店舗の市場がある。こういうところは歩いて商品を眺めるだけでも面白い。冬にかぶるロシアの帽子も売っていた。ちょっと気が動いたが、さすがに「暑い」ので買うのをやめた。

それからマガジーナがいっぱいある。私たちの住んでいるアパートの脇にも煉瓦造りのマガジーナが一つあったが、町中に行くとバス停の横や歩道の脇に小さなマガジーナがある。小さい店は窓ガラスに売っている商品を陳列していて、窓口から店員さんに自分の欲しいものを言って買う。ちょうど駅の切符売り場のようなイメージだ。

車で走っていると、路上に机を出してものを売っている人をよく見かける。最初から売るために作った人もいるのだろうが、余った農作物を売りに出しているような人もいる。ものはアルブース、カルトーシキ、ポミドーロなどが多い。一度ニシンの塩漬けを売っている人がいた。町中にも、郊外にも多い。

そんな中にオモチャを売っている店もあった。たまたまバス停の脇で、バスを待っている間に私の子ども達が「あの風船が欲しい!」と言い出したので、見に行った。机の上に雑貨やお菓子を並べていて、店番は女の子ばかりだった。「ヤハチュー タコヤ」と風船を指差すと、一番小さな子が一生懸命口でふくらましてくれた。ちょっとした小遣い稼ぎか、親の手伝いだろうか?。

せっかく買った風船も、バスを待つ間に一つ割れてしまった。それを見ていた小さな店員さんが、もう一つふくらませて持ってきてくれた。「スパシーバ、スパシーバ」と言ってありがたく受け取る。後から、日本の土産をこの子達に「スパシーバ」とあげればよかったなぁ、と悔やむ。出かけるときには日本の物を少しずつカバンに入れておくのだが、このときももちろん持っていた。機転が効かなかった。こういうちょっとした気遣いがすっと出せると、ホームスティはもっと楽しくなるのに・・・。

市の中心にある教会の前の歩道では、常時小さな「フリーマーケット」が開かれているようだ。一度その前を通ったのだが、野菜を売る人、花を売る人、雑貨を売る人などが10組ぐらい出ていた。雑貨は「こんなもの売れるのだろうか?」というようなぼろい物が多い。お年寄りは商品を前にしてずっと座っている。

フリーマーケット(人が多い)

小さい幼児をつれたお母さんがヤーブラカを売っていたのだが、ナオカとモエがその人からヤーブラカをもらってしまったので、ついでに写真を撮らせてもらった。

お母さんと子ども

郊外に向かう高速道路の脇でも、町に近いところでは、かなりの数の路上販売が出ている。大きなテーブルにアルブースを山積みしている人もいれば、いくつかのバケツを並べているだけの人もいる。不思議なのは売り方である。信号脇のような車が止まるところでもなく(そもそも郊外には信号はない)、猛スピードで走っていくばかりの所にも、結構「店」が出ているのだ。中にはバケツを一つだけ出して、その後ろで座って待っているだけの人もいた。選べるだけの多くの商品があればまだしも、果たしてそんな方法で車が止まってくれて、売れるのだろうか?。

そんな私の心配事などお構いなしに、売り子のおばさん達は話に夢中であり、若い女性は一心に本に見入っている。町中では、売り物の花束を一つだけ持ったお年寄りが集まり、バケツの中のアルブースを子どもにくれる人もいる。そのような人たちを数多く見かけるうちに、時間の流れ方と、人と人とのつながりが日本とは違うのだ、と納得せざるをえなかった。


あんまま > お年寄りは売ることより人とのコミニュケーションを楽しんでいるのでしょうね。家の道路でもいつでも歩いていたり話し相手を捜しておしゃべりを楽しんでいる人がいます   (2002/09/13(Fri) 18:49:41)

あっそマン > うーん、よく見るとこのお母さん、赤髪だなぁ (^^;。そんなに染めている人は、いなかったように思うが・・・。 (2002/09/13(Fri) 21:35:43)

ホーマー > 染めてる人は多いはず。ウチの姉なんて、私が行った時(冬)・(夏)・ウチに来た時、3度とも髪の毛の色が違ってた。 (2002/09/17(Tue) 12:48:22)

あっそマン > 我が家はパーパチカが黒髪、マーマチカは金髪だから、まあ、普通だと思った。でも子ども達は黒髪だったから、もしかしたらマーマチカも本当は黒で、染めていたとか?。でもあちらでは金髪は珍しくないだろうから、わざわざ脱色とかするとは思えないか・・・。 (2002/09/18(Wed) 19:41:05)

リボン@伊勢 > 黒の方が優性遺伝なのです。でも、さらにキレイな金髪にするために染めたり脱色したりする人も多いみたい♪ (2002/10/26(Sat) 09:31:42)

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[60] ロシア交流8
8月10日(土) その1

翌日も9時過ぎに起きる。昨夜寝たのが夜12時頃だった。これが Alina の家族のペースだろうか。普段は仕事や学校があるため朝は7時に起きると言っていた。Alina と Sasha、Tanya は今は夏休みなため、休みの日のペースはこんな程度なのだろう。私は本当に久しぶりにゆったりとした生活を送れそうだ (^^)。

朝食の後、ティータイムがある。飲み物はチャイ(紅茶)か、コーヒーか、ソーク(ジュース)である。Alina がソークと言って出してきたのは、大きな広口瓶の中に、赤くて小さい実がたくさん入ったソークだ。もちろん手作りである。薄いピンク色のそのソークは、薄めて飲むのだがちょっと酸っぱい。お好みによりサーハル(砂糖)を入れる。子どもたちはまあまあ気に入ったようだ。

大人はチャイをもらう。サーハルを入れたり、コンデンスミルクを入れたりする。ジャムも出てきたが、パンの時と同じく直接スプーンですくって口に入れる。Alina がコンフィアティ(キャンデー)やクッキーをかご盛りにしてくれてあるので、そこからお菓子をつまみながらのんびりとチャイタイムをとる。日本から持ってきたキャンディやせんべいも出して食べてもらった。「フクースナ」。お菓子が好まれるのは世界共通だ。そういえばどこの家に行っても、だいたい何かのお菓子が籠盛りで置いてあった。おかげで子ども達はお菓子ばかり食べて、食事をあまり食べなくなってしまうのだが・・・ (^^;。

”町を見に行くか、自然を見に行くか?”と聞かれたので、「自然を見に行きたい」と言う。Alex は今日は仕事が休みなようだ。「滝を見に行こう」と行き先を教えてもらう。

車に乗って市街地へ。すぐに向かうのかと思ったら、まずは Alina の妹さんの家に向かうらしい。

妹さんの家の中は、Alina の家より新しい感じだ(どこの家でもそうだが、外見からはそうは見えない・・・)。妹さんの名前は Svetam、娘さんは Masha だ。Svetam はなかなか美しい人だ。でも、それにもまして Masha がとてもかわいい。カカヤプリエーリだ。さすがに Alina の妹と姪っ子だけはある。チョコレートのお菓子とソーク、ヴィーノ(ワイン)をもらう。日本からのおみやげとして、ウサギの人形とお菓子の包みをあげた。へばちゃんは Svetam 相手に自己紹介アルバムを見せている。

Svetam と Masha

Masha も一緒に滝を見に行くことになったようで、車に乗ってきた。真ん中列に子ども達が4人も乗ることになって、一番小さいタカトは窮屈そうだ。車はどんどんと郊外に向かって走っていく。4車線のハイウェイは道路の穴も少なく快適だ。途中、峠のあたりで、たくさんの車が止まっていて、人が大勢集まっている場所があった。何かと聞いたら「車のマーケット」なのだそうだ。個人間の商談で車を売買する場所らしい。

ウスリースクにはアパート群が多いが、郊外の村に行くと一軒家が多い。童話に出てくるような姿をした家だ。ヨーロッパ調と言ったらいいのか(建物に関する語彙が少なくて説明できません。「ロシア調」と言ったら当たり前だし。イズミニーチェ (^^;; )。原野をずっと走ってきてから民家を見ると、興味深いからじろじろと見てしまう。必ずバス停があって、だいたい誰か待っているところも面白い。車はいっぱい走っているが、まだまだバスは主要な交通手段であるようだ。

そんな小さな町の脇で車は止まった。ここからは森の中を歩いていくようだ。私とへばちゃんはズボンに平底靴だから良いが、Alina はスカートにハイヒールだ。大丈夫なのかな?。でもお構いなしにみんなは歩き出す。森の中の一本道を歩き、ぬかるんだ道を越え、滑りやすい所では子ども達を抱いて通る。

途中沢があった。丸木が一本渡っている。私たちと一緒に歩いていた別グループの中に、屈強な若者がいて(非番の兵士のようだ)、ナオカを抱いて丸木橋を渡ろうとしてくれたのだが、こけた (^^;。あのなー、おみゃあ!、転けるなよ!。まあ、何ともなかったが、ちょっとヒヤッとした。でも彼は日本語で「ごめんなさい。だいじょうぶ?」などと言ってくれた。ウスリースクでは時々、日本語をちょっと知っている人に出会う。

私たちは滝について写真を撮ったりしていたが、もう一つのグループは滝の上に登ったり、水をかぶったりして遊んでいる。大きなボールにお昼のお弁当を入れて運んでいた。松葉杖をついている人がいたのには少し驚いた。まだこの上には滝があって、全部で5つの滝があるそうだ。「パシリ?」と聞かれたが、子ども達がちょっと怖がって来ていたので、残念ながら帰ることにした。

滝を見に行く


やなさん > いいな〜、母なる大地、ロシアの自然!行きたいよ〜!! (2002/09/10(Tue) 16:30:56)

ホーマー > そうなんです。ロシアでは、滝がお〜ちん珍しいのです。 (2002/09/11(Wed) 12:26:38)

あっそマン > あ、そうか。平らだから「滝」が少ない、ということかな?。もしかして。そうなら日本には滝はいっぱいある、と教えてあげればよかった。 (2002/09/11(Wed) 12:30:50)

あんまま > 車のフリーマーケット、交渉の腕次第ですね (2002/09/12(Thu) 08:24:11)

ホーマー > ウラジオでは、車の部品がいっぱい売っていた。ドア、フェンダー、マフラーetc. (2002/09/12(Thu) 10:13:43)

のっこ > ふしぎですよね。車の横側の部分だけ陳列しているのを見たことがありますが、初めは何なのかわからなかったよ。 (2002/09/13(Fri) 00:30:18)

あっそマン > フリーマーケットの話題になったので、ちょっとそのことについて書いてみました(ロシア9) (2002/09/13(Fri) 18:07:08)

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[59] ロシア交流7
8月9日(金)その2

途中、有料のトイレに向かった時、同じく一宮からウスリースクにスティとなった男爵とばったりあった。私たちと同じように、ホスト家族と散策中らしい。ホスト同士がなにやらロシア語で話している間、ふと気がつくと、男爵がその会話をひたすらメタカツしていた。そのメタカツの早いこと、そして切れ込んでいること!。ビックリした。クラシーバ!。男爵はずっとカナに書き下してからメタカツする人だったので、いきなり本番でメタカツする時の様子はあまりよく知らなかったのだが、これほどうまいとは思わなかった。「やっぱり現地の人のロシア語は早くて、とても美しい。聞いていて惚れ惚れするね。」と感心しながら言っていた。

またしばらく町中散策となる。花屋に行って、花束の前で写真を撮ったりした。商品の花を買うわけでもないのに、良いのだろうか?、と思いながらも一緒にレンズに納まる。後から知ったが男爵家族もそこで写真を撮ったらしい (^^;。マガジーナに入って店を見ている時、簡単なロシア土産にしたら良さそうなものがあったので、これは「ロシア製か?」と聞いたら、Alina がちょっと調べて、
 「エタ、ニルスキー。エタ、キタイ。」
と言った。キタイは中国や中国製、という事らしいが、「ニルスキー」は「ニ・ルスキー」だと気づいた。なるほど。

子どもたちはさすがに疲れてきた。「ニウスターレット?」と連発しながらバスに乗って変える。帰りのバスは大型バスで、昔懐かしい「車掌さん」が乗っていた。車掌さんは女性だった。もう夕方の4時になっていたが、昼食を取る。スープ、スパゲティなど、どれも大変美味しい。私がロシアで食べる物に困ることはなさそうだ。

Alex が5時半に帰ってきた。しばらくしてから今度は車で出かける。

まず、病院に出かける。Alina のお母さん、マーシャが入院中なので、そのお見舞いなのだ。初めて見るロシアの病院は(まあ、どこを見ても初めてだが)建物が古く、ちょっと薄暗い感じはするが、清潔だ。日本の少し古い病院くらいだろうか。入院患者が着るガウンが、光沢のある薄いピンクや水色であったりするのが妙に明るい。

マーシャが病室から出てきたので、病院内をしばらく散策する。みんなで歩きながらお菓子を食べたりする。日本から持ってきたキャンデー類と、ミニ熊手(お千代保稲荷の御利益付き)をマーシャにあげる。熊手の説明は、さすがにロシア語ではできそうもないので、Alex に「Normaly gather dust、but this gather many luckes.」(「ほうき」の英語が出てこなかった)と言いながら掃く真似をしたら分かったようだ。

ここでもへばちゃんは、自己紹介アルバムをマーシャに見せる。ついでに4年前の韓国交流時に作った家族や日本紹介アルバム(実はこちらの方が詳細にできている (^^; )も持ってきていたので、それも見せる。一生懸命話しているときに、マーシャが、Alina に「パルスキー ハラッショ イッポンスキー」とささやいているのが聞こえた。ハラッショ!。へばちゃん、褒められたよ!。

マーシャの入院する病院にて

その後、一宮のユウタから預かった土産(ロシア日記2参照)を渡しに出かける。家はすぐ分かるのだろうか、と心配したが、住所からアパートはすぐに分かるようだ。特に迷うことなくあるアパートの前に到着した。最後に住所の番号の部屋がどこにあるかが問題だが、階段を一つ間違えただけだった。しかし、何しろこちら側には、ユウタのホスト家族と面識のある人が一人もいないので、果たして分かってもらえるかどうか心配だ。ドアのベルを押したら女の人が出てきた。「ドゥラスミーチェ。ヤ イッポンスキ ユウタ ドゥルージア。エタ ユウタ パダルキー」と言ったら「オー、ユウタ」と、ユウタのことと、私たちの訪問目的を理解してくれた。女の人はユウタのロシアのマーマチカだった。

みんなで中に入り、ユウタのパダルキを渡す。まずは「確かに渡した!」という証拠写真を撮る。お菓子やフルーツをごちそうになって、少し話した。よく考えると、ユウタから事前に連絡が行っていたとは思えないのに、いきなり来た私たちを家に上げて(しかも子どもは遠慮なく騒いで食べているし (^^; )歓迎してくれるというのもすごい話だ。ユウタのホストは少し後からやってきて、土産を開けて見ていた。日本ではやりのオモチャ(ベイブレードや、消しゴム)だったが、使い方は分かっただろうか?。

土産を渡した証拠写真

これだけ回ってもまだ外は明るいが、さすがにちょっと疲れてきた。もう家に帰るのだろうか、と思いながら車に乗っていると、だんだん山に近づいて、未舗装道路にさしかかった。山道を登り切ったところが駐車場になっていて、ウスリースク一帯を見渡せる展望台になっているのだ。

ウスリースクの町を上から見ると、まさに「緑の間に建物がある」という感じだ。大変美しい。町を外れれば原野が広がる。その奥には穏やかな山並みが続き、それが切れたところには地平線が見える。まさに「雄大」ということばがふさわしいロシアの大地だが、これでも極東のほんの一部だけなのだ。そう考えると、その偉大さに畏敬の念さえ覚える。そして、その中にある小さな町にスティしているというのが、なんだか信じられないような気がしてくるのだ。

ウスリースクの町並み


あんまま > 男爵良かったね。生メタカツ出来て。   (2002/09/03(Tue) 09:43:02)

ホーマー > ユウタって豊田市?ホストのママって「アーラ」ちゅー名前? (2002/09/04(Wed) 16:17:48)

ひろ > ひろです!わたしも花屋の前で写真取ったよ。病院にも行ったんだ。いい経験だね。 (2002/09/04(Wed) 23:47:49)

あっそマン > うわぁぁぁ。8が遅れるかもしれない。でも、ひろ、来てくれてありがとう!。ひろの報告記は、センフーのロシア掲示板に行こう! http://www.aurora.dti.ne.jp/~senfukan/bbs/russia_bbs.htm  宣伝しちゃった。 (2002/09/05(Thu) 00:26:36)

あっそマン > あ、ユウタは一宮市です。そういえば、なんか、豊田市のティーンズへの手紙をことづかって、日本に帰ってから出したっけ。えっっと、誰だったっけ・・・(こうして人とのつながりをどんどん失うあっそマン (i_i) (2002/09/05(Thu) 00:28:08)

まさぜん > つーづーきーを〜〜〜〜〜 (2002/09/10(Tue) 08:36:37)

あんまま > あんきみの中国紀行をアップしたよ (2002/09/10(Tue) 09:21:25)

あっそマン > みなさんごめんなさい。カウンタが、以前と変わらず毎日上がり続けていることは気づいています。 (2002/09/10(Tue) 10:07:48)

あっそマン > あ、上のごめんなさいは「ちゃんと書きます。でも遅れてごめんなさい」です。このままやめちゃうと言う意味ではないですよ (^^;;; (2002/09/10(Tue) 10:08:37)

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[57] ロシア交流6
8月9日(金)その1

翌日は、9時ごろ起床。まだこの家の生活リズムがつかめていないが、Alina 以外はまだ起きていないようだから、のんびりしていても良いようだ。

とにかく見るのが初めてのものばかりだから、何でも珍しい。朝食には白い粥状のスープが出た。「マンネイ ニャーカ」というらしい。他にはカルバッサ(サラミ)、シセル(チーズ)、バレーニァ(ジャム)、フリャット(パン)と、一般的な洋食の雰囲気か。フリャットにカルバッサ、シセルを載せて食べるのが基本のようだ。ジャムはそのままスプーンですくって口に入れて食べる。

この日は Alex は仕事に行くようだ。先に出かけていった。私たちはどうするのだろうか・・・、と思っていたら、Alina が「パシリ」とか「パイジョン」と言ってくれた。どうやら出かけるらしい。アパートの階段を降りる時、Tanya がモエの手を持ってくれる。子どもたちは小さい妹や弟たちに色々気遣ってくれる。出かけるにはバスを使うようだ。Alina の車はないのだろうか?。

アパートをバックに

外に出て改めてアパートを見ると、日本のアパートより各戸の大きさは大きいように思うが、外観の飾りはあまりない。ベランダもガラス窓で仕切られているのが日本のアパートとは違うところか。そういえば韓国のアパートも仕切られていた。冬が厳しい国は冬に合わせて建物ができているのだろう。飾りがないと言えば、アパートの前にあったマガジーナも全く飾り気がない。レンガで作られた四角い建物で、2mほど突き出た入り口がついているだけだ。知らなければただの倉庫にしか見えないが、そこがマガジーナでキオスクみたいに雑貨や食料品を売っている。Sasha がそこでミネラルウォーターを買った。

バス停にはベンチがあるので、座って待っていたら、ワンボックスカーが走ってきた。どうやらこれもバスらしいが、乗り合いタクシーといったほうが良いくらいだ。Alina が「・・・・・」と何か言ってきた。どうやら5分後にはもっと大きいバスが来るがどうするか?、と言っているようだが、「ニチボニチボ、マリンキーバス、OKOK」と言って乗る。

バスに乗る

街の中央でバスを降りる。まず最初に両替をしたかったので、両替商に連れて行ってもらった。ビルの中にある両替所で、銀行ではない。銀行ではできないのだろうか?。Alina が自分のパスポートを出し、両替してくれた。Alina は常にパスポートを持っているようだ。ロシアのパスポートの方が率が良いのかも知れない。

それから町中をぶらぶらと散策する、マロージュナ(アイスクリーム)を買ってもらって食べながら歩く。町中には街路樹が非常に多い。ヤーブラカ(リンゴ)の木や梅の木まであり、実がなっている。ロシアのヤーブラカは実が小さい。日本の梅ぐらいしかない。そういえば朝、大きいヤーブラカを見せて、「これは中国のヤーブラカだ」と言っていたっけ。建物には飾りや看板が少ないので一見質素な感じがするが、豊富な緑がありお互いに引き立て合っているためか、町並みがとても美しいと思った。街には人が多い。女性はすらっとして背が高く大変美しい。瞳が大きいから目が合うとドキドキしてしまう (^^;。

ロシア正教会、戦争記念碑などを眺めながら、市街地はずれの公園に行った。あまり整備されていないようだ。緑は多いが雑草も多い。木製の遊具がいっぱいあるが、古いし手入れもされていないのでちょっと危険そうだ。でも子どもたちは大喜びで遊ぶ。Tanya がモエやナオカを気に入ってくれて、面倒を見てくれた。

滑らない滑り台
滑らない「滑り台」

ここで急にへばちゃんが「Alina に私の作った自己紹介アルバムを見てもらおうかな・・・」と鞄から取り出した。家では、Alina はずっと忙しそうに働いていて、なかなか見せる機会がなかったので、子どもたちが遊んでいるうちに、と思ったらしい。私は「こんなところでやらなくても・・・」と思ったが、屋外で立ちながら、ロシア語で一生懸命説明しているへばちゃんを見ると、偉いなあと思う。

滑らない滑り台

公園から戻る時、Alina が「ニウスターレット?」と声をかけてくれた。テープにあるフレーズそのままだ。「ニエット!」と自信を持って答える。実際は「チュチュウスターラ」だったけれど (^^;。



あんまま > ほんと、ヘバちゃんの少しのチャンスも逃がさないところは、偉い!  byあんまま (2002/09/01(Sun) 08:55:54)

へばちゃん > 最初のうちに見てもらえたおかげで、どこへ行くにも「ファミリーカルタチキは持った?」とママに言われました。いろんなところで見せてきましたよ。 (2002/09/02(Mon) 15:25:50)

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[55] ロシア交流5
最初にまず、家の中を案内してもらう。キッチン(食卓あり)、居間、Alina と Alex の部屋、Sasha の部屋、バスルーム、トイレという具合だった。居間にはソファーベットと、追加のマットレスがあり、ここが私たちのスティ場所だ。本来は Tanya の部屋も兼ねているらしいが(端に Tanya の勉強机がある)、空けてもらったのだ。居間は廊下とカーテンで仕切ることができる。

もう夜10時近かったが、夕食となる。「ヨーカ、ヒロユキ、クーシェ、クーシェ、パシリ」と言われてキッチンに行く。私たちを広場に迎えに行く前に、既に夕食の準備はしてあったようだ。メニューはロシア版イカ飯、ハンバーグ、キノコを煮たもの、パンやチーズやサラミだ。それとロシア滞在中ずっとお世話になった「カルトーシカ(ジャガイモ)」があった。

最初のディナー2
夕食のメニュー

料理はどれもおいしい。イカ飯(こんなものがあるとは思わなかった)のご飯には具が入っていて、日本のものより賑やかだ。子ども達はハンバーグとカルトーシカ、パンを食べている。心底から「オッチンフクースナ!」ということばがでてくる。

最初のディナー1
Alina と一緒に

テーブルにはウォトカとワインが乗っていた。ウォトカを貰おうとしたときに、”どうやってウォトカを飲むの?”、と聞いてみたら、Alex は ”自分は飲まないから知らない”みたいな事を言った。ありゃ、どうも私のホームスティは、お酒を飲まない人に縁があるみたいだ。とりあえず小さなグラスを貰ってウォトカを入れてみる。まあ、焼酎をストレートで飲む人にはそれほどきついわけではない。Alina はワインを少し飲むらしい。赤ワインも飲んでみたが、甘い (^^;。

最初のディナー3
Alex と Sasha と一緒に

食事の後、へばちゃんが「ここで土産を渡したら・・・」と言うので、「Alina、イッポンスキ パダルキ!」と言いながらトランクから出して持ってくる。Alina には羽子板の飾り物、Alex には日本の焼酎 (^^;。Sasha にはデジタルの腕時計。Tanya にはゆかたをあげた。Alex が飲まない人だと分かったときには「ありゃー、土産物、失敗したなぁ」とは思ったが、替えがあるわけでもないからそのまま差し上げた。Alex は「スパシーバ!」と言ってくれたが・・・。ま、仕方がない。

Tanya はさっそくゆかたを着てくれる。裾が少し長かったが、なかなか似合う。

土産のゆかた
似合うかな?

お返しに私たちも土産を貰う。私にはアメジストのキーホルダー、へばちゃんにはマトリョーシカ、タカトには握力を鍛えるためのゴム製ドーナツ型の握り、ナオカとモエにはそれぞれブレスレットとネックレスをくれた。タカトへの土産には ”男の子は腕を鍛えないと・・・”と Alex の激励メッセージ付きだ。へばちゃんは調査票に「マトリョーシカが欲しい」と書いたらしい (^^;。7段の入れ子になった、美しいマトリョーシカだ。

マトリョーシカを見る
マトリョーシカを並べてみる

食事後、子ども達は Sasha や Alex の部屋に行って遊んでいる。すっかりなじんだようだ(というか、遠慮がなさすぎる? (^^; )。しかし、時間がすっかり遅くなったので「スパコイノーチェ」と言って寝ることにした。



あっそマン > うーん、写真が多すぎ (^^; (2002/08/29(Thu) 22:54:45)

あんまま > 写真が多いのはとっても良いです。分かり易い。楽しい。byあんまま (2002/08/30(Fri) 09:27:55)

モニカ > 下の家族紹介の写真見たときに、おぉ〜Alex、あっそマンに似てるじゃんと思っていたけど、一緒に写真に写っていると、そうでもないねえ (2002/08/30(Fri) 13:41:21)

モニカ > でも、髪の毛の色と鼻の下のヒゲは似てるね(^_^;) (2002/08/30(Fri) 13:43:02)

へばちゃん > クラシーバヤで自慢のママです。私などに気を遣ってもらわなくてもいいですよ。>873 (2002/08/30(Fri) 23:16:03)

ホーマー > 食卓のウォトカの瓶、懐かしいですね。因みに、写真左下の青い栓の方がウマイ! (2002/08/31(Sat) 13:01:12)

あっそマン > 毛だけかいな!。似ているのは (^^)。<モニカ   味は良く分からなかったが、一方のウォトカが「ぞーるとぅいふぁざーん」だったような。瓶のイラストがキジだった。<ホーマー (2002/08/31(Sat) 22:30:42)

ホーマー > 金のキジ「ぞーるとぅいふぁざーん」そうです。向こうで、ちょんまるゆーみょん です。茶色でアルコールが25%で飲み易い。因みに、ウォトカは、アルコール40%で混ぜものナシです。 (2002/09/02(Mon) 08:10:26)

ホーマー > ナシじゃなくてシロモノです。 (2002/09/02(Mon) 12:37:50)

ホーマー > 何度もすいません。ウォトカは、透明で混ぜ物ナシのアルコール40%のシロモノです。 (2002/09/02(Mon) 12:58:07)

あっそマン > >ウォトカは、透明で混ぜ物ナシのアルコール40%のシロモノです。  <え、本当なの?。それなら私も作ったことがある(消毒用アルコールを薄めて飲んだこともあるもんねー。←自慢にならん (^^;;。でも最近はノンアルコールビールが、飲んでもすぐ活動できるのでお気に入り (^^) ) (2002/09/03(Tue) 00:21:21)

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