2004/12/08 (Wed)
■不知火が見かけたリトルリーグの投手のフォームが誰かに似ていたので…というお話です。(裕季サオリ)
★A spoon of sugar(2000.3.10登録)
公園で1人、ボールを投げる人影があった。 年の頃は11歳?12歳?いずれにせよ、小学生だろう。 ただ1人で、黙々と投球練習に励む姿があった。 すぐそばのグラウンドでは、野球の試合が行われていた。 どうやらリトルリーグの試合らしい。 ユニフォームを見る限り、その試合の一方のチームは、 投球練習をしている少年の所属するチームらしかった。 その人影は、くやしそうに、試合の方をちらと見て、 それから、再び、自分の投球練習に取りかかった。 そんな様子に、ふと、目を止めた1人の野球選手があった。 不知火守、その人である。 彼は、ふと、その姿が誰かに似ているような気がした。 いや、誰なのかははっきりしている。 その、アンダースローの投球フォームが、 その、 孤独に投げる姿が、彼の知っている誰かによく似ていた。 彼が少年に話しかける気になったのは、その姿が まさに、彼の良く知っているその人物に似ていたからかもしれない。 だが、不知火に気づいたのは少年の方が先であった。 「おじさん、何見てるの?」 二十代前半の不知火におじさんも無いものではある。 それでも不知火は、少し苦笑いするだけであった。 「その投げ方だといくら練習してもこれ以上上手くはならないと思ってな」 「おじさん、野球知ってるの?」 「こう見えても、プロだからな」 「本当に?」 いくら年間最多勝が指定席の不知火といえども、 私服で歩いていてはまず見分けはつくまい。 「貸して見ろ」 「ん?どうするの?」 不知火が少年からボールを受け取る。 不知火がゆっくりと投球動作に入る。 大きく振り上げられた腕。 力強く踏み出される足。 弓のようにしなる腕。 そして、そこから放たれたボールは、あたかも重力の法則にまるで従わないかのごとく、 一直線に、少年が投球練習の目標に使っていた空き缶へ、 少年が3球に1球しか当てることが出来なかったその空き缶へ、 吸い込まれるように一直線に飛び、空き缶の中心を貫いた。 「うわぁ・・・おじさん、ほんとにプロだったんだ」 不知火にとっては、単なるお遊びに過ぎないことなのだが、 それでも少年にとっては初めてみる剛速球だった。 「・・・・話を聞く気になったか?」 「うん」 「もう一回投げて見ろ」 ボールを拾い、空き缶をもう一度立てた不知火が、 少年にボールを渡す。 少年は言われたとおり、投球動作に入る。 足を踏み出し、腕を後ろに大きく振り・・・・・・ 「わっ」 少年がまさに球を投げようとしたその瞬間、 不知火は少年の手をつかんだ。 「このタイミングだ、このタイミングで一瞬ためを作る」 「ため?」 「そうだ、投げ出す瞬間、ためを作る」 「う〜ん・・・」 「もう一度やって見ろ」 「うん」 少年はもう一度投球動作に入る。 不知火に言われたとおり、バックスイングの段階で一瞬動作を止め それから投げるが・・・・ボールはまるで関係のない方向へ飛んでいった。 「全然分からないよ」 「ためを作るといったんじゃ難しかったか?」 「分かるわけ無いじゃないか」 「そうか、ちょっと見ていろ」 ・・・・・ 「いいか?こう構えるな?」 「うん、それは分かる」 「それから、振りかぶって足を踏み出す」 「うん、それも分かるよ」 「そこで、この瞬間だ。 ボールを前に投げるこの瞬間、意識してボールを後ろに残すようにして 体だけ投球動作を続ける」 「ボールを残して投球動作を続けるって事?」 「そう言うことだ、これでためが作れる・・・・ そして、一呼吸置いてからボールを前に送り出せば・・・」 再び、不知火の投げた球は空き缶の中心を貫いたのだった。 「えっと・・・こうやって構えて」 「こうやって振りかぶって・・・ここでボールを残して・・」 「あれ?・・・う〜難しいよぉ」 「肩に力が入りすぎだ、そうだな、ためを作るときに意識して笑って見ろ」 「え〜それじゃただの危ない人だよ」 「笑うと言うことで、体の筋肉からよけいな緊張がとれる」 「うん・・・じゃ、試しに・・」 少年は、再び振りかぶると、大きく踏み出す。 バックスイングは意識して大きく、そして、振り出す前に 意識して笑ってみる。 そして、ボールを前に送り出す。 ボールは、まるで生まれ変わったかのように、空き缶めがけて伸びると ちゃんと命中した。 「あ、当たった当たった」 「今のタイミングだ、忘れるな」 「うん、ありがとうおじさん」 「礼より練習だ。体に覚えさせなければすぐに忘れるぞ」 「うん」 少年は、今不知火に言われた通りに投球練習を続ける。 成果ははっきりと形に現れていた。 少年の投げる球は今までとは全然違う、まさしく生きた球になっていた。 グラウンドでは、少年が投球練習を続けているうちにも試合が続いていた。 緊迫した試合展開、だが、少年の所属するチームはピンチを迎えていた。 少年のチームの投手が連打を浴びた後にファーボールを出してしまったのだ。 おまけに打順は運悪く相手の4番、彼はすでにこの試合一本ホームランを放っている。 不知火は相手の4番がホームランを打っていることまでは知らなかったが、 それでもこのままでは少年のチームが負けてしまうことははっきりしていた。 「おい、行かなくていいのか?」 「いいよ、どうせボクは投げさせてもらえないんだ」 「なんでだ?」 「女の子はお呼びじゃないってさ」 ?不知火が今の今まで少年だと信じていた彼は、女の子だったらしい。 「・・・だが、今のおまえの方がいい投手だ」 「でも、だめなものはだめなんだよ」 「あきらめるな!・・・俺も一緒に行ってやる」 不知火は、少年・・・いや、少女の返事も聞かずにグラウンドへと急いだ。 とにかく急がなければ総ては終わってしまう。 少年・・・いや、ここからは野球少女と言い換えた方がいいだろう。 野球少女は、呆気にとられて不知火を見送った。 だめなものはだめなのだ。 あいつに比べれば、自分の方がよほど投手として優れている自信はあるのに・・・。 しかし、何事も、やってみなければ分からないものだ。 野球少女ははっきりと監督が自分を呼ぶ声を聞いた。 ピッチャー交代、おまえが代わりに投げろ、と。 あのおじさん、一体どんな手品を使ったんだろう? そして、彼女はいまマウンドの上に立っていた。 二死満塁、ピンチといえばピンチである。 しかし・・・彼女は、最初に不知火からアドバイスを受けていた。 「あのおじさんの言うとおりに投げれば・・・」 セットポジションから、ゆっくりと投球動作に入り、 そして、不知火の教え通り、笑顔でためを作る。 そこから、コントロールに気をつけて、外角低めへ投げ込む。 カキン 打たれた?・・・いや、ちがう、あれはバットの先っぽ。 「ファール」 審判が両腕を大きく広げる。 さて、次の球・・・もう一度、ためを作り、笑顔で、 今度は外角低めに外した球を投げる。 カキン 今度も同じ事、先っぽに当たっただけ。 前よりも外れているから、冷静に見ればはっきりボール球だったんだけどね。 ・・・でも、次の一球、これが本当の正念場。 セットポジションから・・・ゆっくりと、高く足を上げ、そして大きく踏み出し、 ボールを体の後ろに残すことを意識しつつ、笑顔でためを作り・・・ そして、自分の持てる最高の速球をインコース高めに投げ込む。 「ストライク、バッター、アウト」 見逃しだった。 バッターは信じられないと言う表情でキャッチャーの方を見る。 いや、一番驚いているのは、彼女の所属するチームの監督かもしれない。 とにかく、彼女は相手チームの最高の打者を三球三振に切ってとったのだ。 少女は、お礼を言おうと思って「おじさん」の姿を探したが もうすでにおじさんの姿はどこにもなかった。 それから、何日か経ったある日 不知火が練習を終えて引き上げる途中、1人の女の子が待ちかまえていた。 日本ハムの野球帽をかぶり、手には汚れたボールを握っている。 「あの、不知火さんですよね?」 「ん?」 「あの、・・・先日はありがとうございました?」 「どこかで会ったかな?」 「おじさん、物忘れ激しいよ」 「!」 「思い出してくれた?」 「ああ、あのときの・・・・」 「はい、あのときにおじさんに教えてもらったおかげで次の試合先発させてもらったんです。 だから、これはその試合のウィニングボールなんですけど・・ おじさんにあげます」 「・・・・・せっかくだから、記念にとっておいたらどうだ?」 「いえ、何かお礼しようと思ったんですけど・・・せっかくだから」 「・・・わかった、大切にするよ」 「はい、ありがとうございます、おじさんもいっぱい勝ってね」 「ああ、君に負けないぐらいにたくさんな」 「私も負けないよ」 不知火の戸棚の一角に、様々な賞状や盾やトロフィーと一緒に、 一つの薄汚れた少年野球用のボールが大切に保管されている。 彼の元を訪れる人は大抵少年時代の思い出のボールだと思っている。 だが、不知火と、野球少女だけは知っている、そのボールが なぜそこに飾られているのかを・・・・。
***おわり***
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